[携帯モード] [URL送信]
22話 海の住人03


「テラー! テラーー!!」

 女性の叫び声が広い海に消えていく。船から落ちた子供はテラという子らしい。
 その子の母親が必死で呼ぶが、波の高い海の中を見ることは叶わない。身を乗り出す母親だが、危険だと言って体を抑えられた。

 それでも尚子の名を呼び続ける母親が、あまりに悲惨で見ていられなかった。

 周りに居た男共は、海に落ちた子を助けようとするが……ここは海洋のど真ん中。
 水深何千メートルという深さで、どんな生き物が住んでいるか知れない。
 加えて海の伝説を知る彼らにとって、危険なことこの上なかった。

 その伝説とは、海の底に潜む猛獣、海の獣と書いて海獣といわれる、恐ろしい獣が住んでいると噂されてきた。
 その本当の姿を知るものはいないが、巨大な海の生き物という話に尾ひれがついて、「海獣」などと恐れられるのだろう。

 人間の創造により化け物と化したその海獣は、決して人とは交わらぬ様に密かに息づいていた。

「海獣の存在は知ってるだろう? あいつらは通常海の底に沈んでるが、今日みたいな曇りの日には上まで上がってくる。今迂闊に海を荒らしてみろ、俺らは全員海の底に沈むんだ……!」

「でもっ……テラが……テラがぁーー!」

 男共が制止するが、母親は悲痛な叫びをあげ続ける。コウは海の伝説など知るはずもない。
 知ったところで、それを恐れるだろうか……?

 この世界の全ての自然物には精霊が宿る。
 人間が化け物と言うその海獣も、おそらくは精霊なのだろう…。

「可愛そうに……だが仕方ない。もう手遅れだ」

 コウの近くにいた商人の男がそう吐き捨てた。その発言に納得いかない。
 腰に挿した愛剣をぎゅっと握り締め、傍にあったロープで固定する。
 そのコウの動作に、商人の男はまさか……と思って声をかけてきた。

「あんた何する気だ?」

「助けにいく」

「なっ!? そんな無謀な事やめるんだっ」

 男が止めるのも聞かず、コウは現場に駆けていった。
 残された男は、嘘だろ? と驚愕している。

 コウは荒れた集団の中を颯爽と通り抜け、子供が落ちたであろう場所に辿り着いた。
 手すりに掴みかっかて、母親が泣き叫んでいる。その横にスッと出る。
 母親もコウに気付き、枯れた声を出す。

「あなた……は?」

 コウは母親を一瞥し、少し口に弧を描き、「大丈夫」という笑顔を見せた。
 母親はコウの笑顔に気抜けする。母親を抑えていた男が、コウに向かって怒鳴り声をあげた。

「お前! 何やってんだ! 死ぬ気か!?」

「今ならまだ間に合うかもしれない。このまま放っておくなんて出来ない」

「しかしっ……」

 男の腕を振り払い、コウは手すりに手を付いてグッと身を乗り出した。
 気が遠くなるほどの高さ……下は海。
 果てしなく深い海。恐くて足が震えた。

 だが、このままじゃ何もしないまま、見殺しにすることになる。
 助けれたかもしれないのに……という後悔だけが後に残るのは絶対に嫌だ。

 コウは勢いよく飛び込んだ。ザパンッという波の打ちつける音が伝う。
 一度体勢を立て直してから、息を吸って潜った。

「何だあいつ! 自殺行為もいいとこだ……!」

 船の上では、コウの様子を呆然と見つめる母親と、その無謀な行為に苛立ちを感じている男共がいた。

 騒然とした中で、一瞬空気が変わった。
 それに気付いた男共は、船長の姿を見て助けを求めるかのように走り寄る。

「船長! 大変だ! 海に落ちた子を助けに……カイルがっ……」

「……何っ!?」

 予想外の事に、船長−ユーリック−も愕然とする。もはや二人とも助かるまい……。
 昔から、海に落ちて助かった者など一人もいないのだから……。



←前へ次へ→

39/102ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!