古の恋人《17》* ルーンは熱狂する人間を放り、彼らの担ぐ大きな釜に入れられたルシアの体目掛けて歩いた。 「神よ! どうした!? 私はここだ!」 滅びた国の王の血を引くという、愚かな男がルーンの肩を掴んだ。その瞬間、その男の首が吹き飛んだ。 「ぎ……ぎゃあぁぁぁっ!」 自分の方に首だけが飛んできて、周囲の者達は必死に叫んだ。だがルーンは顧みることなく、ルシアの傍に歩み寄る。釜の中に無造作に入れ込まれたルシアの首は、もう腐食が始まっていた。だが、それでもここに居る人間共よりは何倍も美しかった。 『ルシア……』 ルーンは名を呼びながら、愛した男の首を抱き上げ、そっと頬をすり寄せる。人間共はしばらく動転していたが、やがては怒りだした。 「精霊が! なめた真似をしおって……さっさと私に力を授けんか!」 耐え切れなくなった男が怒鳴った。ルーンは愛しそうにルシアの頬を触りながら、怒鳴る男を見る。その目は冷酷で、見つめられた者を死の国へ送る合図となった。 ただの一瞬。一度風が渦を巻いて巻き上がっただけで、その場に居たほぼ全ての人間の、首と胴体が千切れた。ゆえに、断末魔の声も無い。静かに十数の命が消えた。 『ルシア……』 ルーンはそんな事など気にも留めずただルシアの首を抱きしめた。惨劇を見届けたカルロは、遠くでジンの呻き声が聞こえた気がして耳を塞ぐ。そして、今も尚愛する男を抱くルーンの傍に寄りそっと肩に手を落とした。 『ルーン、彼を……ルシアをちゃんと埋めてやらなくては』 『カルディアロス……』 ルーンの目が初めてルシアから離れた。 『ジンが一番良い場所に埋めてくれる』 『……うん……』 意外に聞き訳がよかった。何度呼んでも返事は返ってこないと、とっくに分かっていたのだろう。ルーンは……ルシアに最期の口付けをする。それは儚く悲しい、愛の契り。 ルシアの首と体を地面に置くと、何処からともなく地精霊が現れ、徐々にルシアを埋めていく。その様子を無言で見つめる彼女の心は、どこを向いていたのだろうか。やがて、ルシアは全て地中に葬られた。 『……ルーン』 『すまん、カルディアロス。私は……暫く隠れる』 そう力なく言い放ち、ルーンは風となって空に昇った。 遥か遠い昔、まだ人と精霊が触れ合っていた頃、互いに信頼を示していた不変の絆、それは人の手によって簡単に崩れ堕ちてしまった。 [完] ⇒次ページは番外編 ←前へ|次へ→ [戻る] |