古の恋人《14》 === ティレニア王国・廃城 === 城跡だけが残ったこの廃城に、普段からは考えられない数の人間が集まっていた。ルーンは人型になり、それらの集団に紛れ込む。人間共がこぞって口にしている言葉、それは精霊の王を敬うものではなかった。 「神に生贄を捧げろ!」 「精霊の力を手に入れるのは我々だ!」 「精霊の贄を神々に捧げるんだー!」 狂った様に叫ぶ民衆は、他国侵略を恐れた者達の集まりだった。今は途絶えたティレニア王家の血筋を名乗る数人の男達が、民衆の前に出る。 「生贄はここだ! 神は我らの手にある!」 「我らの手に!」 民衆は一斉に声を揃え、神の降臨を願った。 この異常としか言いようの無い光景を目の当たりにし、ルーンは精神を侵されそうだった。だが、男達の差し出した「生贄」を見て、ルーンは愕然とした。 あれは、琥珀の髪が日に照らされ、金にも耀く愛しい男、ルシア。 ルーンの呟きは民の声にかき消された。生贄を見せられ、民衆はこぞって拳を空に突き上げる。まるで、世界の覇者になったかのように。 『ルシア……』 ルーンはルシアの半分開いた目だけを見ていた。美しい彼の青の瞳。それはどの空の色とも違う。 何ものにも例えられない色。 その瞳に縛られて、私は幸せだった。 その瞳に映る奇跡が、私の希望だった。 ――けれど、君はもう笑わない。 ルシアは、両側を囲まれ、男達の持つ木棒に吊るされていた。汚い縄に縛られて、それでもルシアの美しさは損なわれてはいなかった。 ――ただの、首だけになったとしても。 『ルシアァァ――――っ!!』 ルーンの悲鳴に呼応するように、爆風が民衆の中に吹き荒れた。熱狂していた彼らも、さすがにその風に気を取られる。 『フェザールーン!』 突如呼ばれた懐かしい声に見向きもせず、ルーンは風を起こし続けた。だが、それも断絶させられる。 『ルーン! 止めろ!』 『――っ! カルディアロス!?』 邪魔をするなと言わんばかりに反発するルーンに対し、カルロは膨大な精神を解き放ち、樹でルーンを縛った。そして、人間共の目に触れる前に、すぐ傍にあった林へその身を投げる。 ――バサッ! 『何をする!』 『いい加減にしろ! 今お前が出たら人間の思うつぼだ!』 『――っ!?』 ルーンは自身を縛る樹蔓を払い退けようとしたが、カルロの力には敵わなかった。 『奴らは我々古の精霊を誘き出そうとしている……今出て行けば、それこそ彼を贄と認めた事になるぞ!』 『!』 ルーンは人間の罠に気づき、荒らしていた風を消し去った。カルロが傍に近寄る。 『……ルシアが――』 ルーンはそう言いかけて、ガクリと力尽き、後方に傾頭した。 『ルーン!』 ルーンの体が完全に倒れる前に抱きとめる。しかし既にルーンの意識は失われていた。 『ルーン! しっかりしろ!』 叫びながら肩を揺するがルーンの意識は戻らなかった。腕の中の少女は一瞬の内に幾枚もの純白の羽と化し、それらが辺りに散乱した。 『ルーン……』 カルロの足元に、いくつもの羽が落ちていく。そこに風の気配はなかった。 ←前へ|次へ→ [戻る] |