古の恋人《04》 その日から、ルーンはルシアと共にトエ婆さんの畑仕事を手伝う様になった。 毎日6キロの道をルシアと二人で歩くのが、ルーンの楽しみにもなっていた。 そして、収穫の秋が終り。 畑で一人、ルーンは最後の刈り麦を眺めていた。 「ルーン? そんな所でつっ立って何してるんだい?」 トエ婆さんがそう言った。 ルーンはゆっくり振り返り、トエ婆さんを見た。 『収穫は終わった。ここにはもう』 そう言いかけた時、麦を運んでいたルシアがやって来た。 「ルーンさん、それで最後ですね」 『……』 「いやー、本当によく頑張りましたよ、ルーンさん。おかげで冬が来る前に全部収穫出来ましたし」 『……』 「ルーンさん?」 『よかったな』 ルーンはそう言い放ち、手に持っていた麦を無造作に渡した。 放り投げられた麦を受け取り、ルシアは慌ててルーンを呼んだ。 「ルーンさん? どうしたんですか!?」 それに対し返事が返ってくる事はなく、ルーンはそこから去ってしまった。 「ルーン」 残されたルシアは、ぎゅうっと胸を締め付ける痛みに耐えていた。 それから3日経ち、10日が経ってもルーンは姿を見せなかった。 === 森 === 鬱葱とした森の中、爽やかな風が駆ける。 彼らは風の要素の一つ、陽気な精霊、その名をシルフ。 形は人によく似ているが、体は皆小さく四つの羽が生えている。 シルフは集団で行動し、噂話には特に目がない。 そんな彼らが村一番の噂を手にし、ある者の元へ急ぐ。 森をくぐって辿り着いたのは、密林の少し開けた場所だった。 『風の神、風の神っ』 『すっごい情報手に入れちゃったっ』 『ねぇねぇ風の神ってばぁ』 シルフは口々に好き勝手を言う。 一度に多くの言葉を浴びせられた”風の神”は、鬱陶しそうに振り向く。 『煩いぞ、シルフ共』 『やだ恐いわぁ、フェザールーン様ったら』 『せっかく凄い情報持ってきたのにぃ』 ルーンは低い声で返すが、シルフの勢いは止まらない。 『この近くの村に若い男がいてね、彼絶対私たちの王よ!』 『……知っている』 得意げに話すシルフと対照的に、ルーンは力なく放つ。 一方、自分たちの情報を先に知る者が居たと分かり、シルフ達は途端に気力を失くした。 『なんだぁ知ってましたの、つまらないわ』 『でもさ、また人間が我らの王なんて耐えらんない! この間の王も人間だったのよ!?』 『でもまぁいいじゃない、だって今回のは結構格好いいんだから』 シルフは浮かれていた。黒い影を落とすルーンの傍で。 『風の神もそう思うでしょう?』 『いや、私は……』 『あら、興味おありでない?』 『そうじゃない』 ルーンの声色は更に鬱になる。 シルフ達はこれ以上話すと却ってルーンの機嫌を損ねそうだったので、やがてそれぞれが散りじりになっていった。 “今回もまた人間が精霊王なんだって” そんなシルフの噂は精霊達の間で瞬く間に広がっていった。 そんな中森で一人、ルーンは考え込んでいた。 別に、王が人間だったから気を害している訳ではない。 この前の王だって人間だったが、大して問題もなかった。ルーンの意識を支配しているのはそこではなく。 “それでね、その王というのがとっても格好よくてね” シルフの噂は海を越えて中央大陸、東西大陸まで広がった。 “ 王の名は ” 『ルシア』 人と精霊は似て非なるもの。 交わる時間など一瞬にすぎない。 普通に接触するなら問題は無いが、深く関わるとなるとそれは自らの身を滅ぼすだけ。 人にとって精霊は遠くて希薄な存在で、誰も精霊と一生を共に生きようとは思わない。 『別に、そんな事望んだりしてない』 ルーンの精一杯の抵抗とも言える、微かな呟き。 だがそれは絶え間なく吹く風によってかき消された。 人と精霊、本当はどちらが儚いのか、その答えをルーンは知らない。 『お前が王なら、私の正体を隠してはおけないな』 人紛いとして人間と接する事も出来る。 一生正体を隠し通せる自信もある。 だがそれは、相手が普通の人間であればの話。 彼は、ルシアは精霊の王だ。今は何事も無く過ごしていても、いつか必ず世界に追われる立場になる。 そうなれば、彼を守る為にも。 『私は精霊として現れなければならないだろう』 誰も居ない森に一つ、冷たい吐息が洩れた。 『いくら変わり者のお前でも、精霊と、なんて嫌だろうな』 悲しみの涙は流れない。 ただ冷たい風だけが森を巡った。 ←前へ|次へ→ [戻る] |