闇の輝星《15》 暗い部屋で、いつもの様にお腹をすかせて座り込むアーク。意識も朦朧とし始めた頃、自分の上に影が落とされ、アークは虚ろに上を向く。 そこには彼よりももっと痩せて死人の様な目をした男が立っていた。 「アーク、城主を殺れ」 そう発したのは、既に自我を失った叔父。 「何、言ってるの? 叔父さん、リセイは」 「東国を襲っているのはあの神軍だ。神軍の覇王デスの所為で、我らの村が犠牲になったのだ。憎むべきは、奴らなんだ!」 「でもリセイは関係ない」 感情を表に出さないリセイの事を、あまり良くは思っていなかったアークは、それでもそんな理不尽な理由で彼を殺すなど到底出来なかった。 「殺れ、殺るしかないんだ。お前は城主にお目通り願える。隙を見て、息の根を止めろ」 「でも……」 「いいかアーク、これは立派な復讐だ」 アークにとって、叔父は世界でただ一人の血縁者。幼い自分には良く判らないけれど、いつも父に頼られていた優しい叔父がそう言うのだから、叔父が正しく、神軍が悪なのだと、そう思う様になっていた。 いや、そう思わなければ気が狂いそうだった。もう、そうするしかなかった。 ***** アークは漸く日の光を浴びた。 真っ白になった肌を擦り、垢を払って身形を整える。 アークは無言だった。もう何も考えない様にしていた。 城主を殺せば、悪が居なくなれば自分は幸福になれるのだろうかと、ただそんな事ばかりを思っていた。 「アーク、久しぶりだな。元気そうでよかった」 城主の執務室にやって来たアークは、力無く頷いた。彼はひたすらリセイを殺そうと機会を伺い、目線をうろつかせていた。 それに気付かぬリセイではない。 隙をつくると見せかけて、突如襲い掛かってきたアークの腕を掴む。 その手首はあまりにも細く、力を加えれば簡単に折れていまいそうだった。 「──っ離せ!」 「アーク、何故こんな事をする」 リセイは冷静に問いかける。それが不安定な彼の心を余計に揺るがし、彼の感情を逆立てた。 「お前の所為なんだよ! お前の所為で……村は」 言いながら、自分の言っている事は酷く愚かしい事だと感じた。 国を守るために戦う神軍を責めるなど、押し付けもいいところだ。 だが、幼いアークには他に矛先を向ける場所がなかった。 どうしようも無い悲しみを、毎夜襲い掛かる苦しみを、どう取り除けば良いのか分からなかった。 「そうか。なら好きにしろ」 「!?」 驚くべき発言だった。 殺したいなら、好きにしろ、だって? そんな事を言うなんて、こいつは阿呆なのか。 アークはそう思ったが、好きにしろと言われて逆上してしまった。 「お前が悪いんだ! だから殺してやるっ!」 そう暴言を吐きながら何度も攻撃するが、アークの剣先は一行に当たらない。 渾身の一撃も軽くかわされ、逆に自分が地面に転がってしまった。 その反動で自分の足を斬ってしまい、もう情けなくて涙が出てきた。 「貴族殺しは死刑なんだろ。もう、ここで殺してくれ」 アークはまだ8つとは思えないほど、死ぬ事に躊躇いが無かった。 それは死を認識していないからではなく、十分に理解した上で、敢えて父や母の元に行こうと決めたのだ。 リセイは目下で横たわり、既に死を覚悟している美しい少年を見た。 「死ぬ覚悟があるなら、俺の為に動いてみないか」 「? そんな事をして何の得になる」 「いらないんだろう? その命。なら、俺にくれ」 リセイがどんな計算をしてその答えを出したのか知らないが、とりあえずアークを処刑する気はない様だ。 「なっ。また殺そうとするかもしれないぞ!」 「別に構わん」 あっさり答えるリセイに、アークは次第に自分を取り戻す。 「何だ、こいつ……」 そう言いながら、不思議と魅了されていて、いつの間にか指先ひとつ動かせなくなっていた。 やはりまだ、何が正しくて世界がどうなっているのかは分からなかったが、自分が誰なのか、どんな時を過ごしてきたのかという事は、少しずつ思い出していた。 「そうするしかなかったんだ」 そう呟く叔父の言葉が、とても身勝手で恥ずかしいものだと、今更になって漸く気付いた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |