心の絆《07》 粗末な造りの社を見ながら、アモンは言った。 「小さいけど、今はここを拠所にすればいい。そのうちもっと立派な社を作ってやるさ」 『何故、そこまでするんだ。ほんの数日前に会っただけだろう』 レイは理解できない、といった顔をする。それに対し、アモンは冷静に、且つ当然のように答えた。 「人間が精霊を守ろうとして何がいけないんだ?」 信じられない。人間が、言うか? 今まで散々精霊を苦しめてきた人間が……精霊を守る、だと? ――ふざけるな。 『お前は何も知らんのだ。人間がどれほど……』 「俺は精霊を守ると言ったんだ。昔は関係ない」 アモンは言葉を被せ、強く言い切った。レイは数百年の時を生きてきたのだ。それがこんなガキに、説教をされる覚えは無い。 だがもしかしたら、本当は心の何処かで今の言葉を待っていたのかもしれない。 誰でもいい、“精霊”という存在を認めて欲しい。 それを密かに願っていたのだろうか。 『お前に何が出来る』 「さあ? どうだろうな。何も出来ないかもしれないが、俺は精霊を守るよ」 『……矛盾している、はっきりしろ』 レイは、執拗になっていた。 何故そこまで聞きたいのかは解らなかったが、アモンは彼の要求に答えた。 「何だ、意外に我侭な奴だな。いいよ、言ってやる。俺はこれから先、精霊を守ると誓おう」 『制約の言葉は交わされた。我、汝の僕とならん』 レイの言葉に反応し、精神体であったその姿は、不透明な実体として現れた。 銀の糸が真っ直ぐ伸びて肩につく。 額をさらりと滑り、夜空のような深い青の瞳を晒した。 肌は透き通るように白い。 光を挿すと本当に向こうが透けて見えそうだった。 目の前のあまりに美しいものの姿に一瞬で意識を奪われた。 「レイ……君は……?」 『精霊の人型は初めてか? 銀の一族の中で、恐らくオレだけだろうな』 アモンは絶句し、見惚れていた。 言葉で賛辞を述べることも出来なかった。 しかしそこまで真剣に見られるとレイも少し気恥ずかしくなる。 彼はすっと顔を反らした。 『じろじろ見るな』 「あ……いや、すまない。レイ、その姿は」 『人間には一度も見せたことはない。これからも、知るのはお前だけでいい』 レイは「誰にも言うな」と言いたかったんだろう。 それはアモンにも判った。 そして、ふと先ほどのレイの言葉を思い出す。 「そういえば……さっきのは? 制約がどうとか」 『何だ、知らんのか。契約の法くらい学んでおけよ』 「契約……? って、まさかっ!?」 アモンも微かに覚えがあった。 人間と精霊の交わす唯一の約束、それが契約。 しかしレイの性格からして人間との契約はないと思っていた。 まだ出会って間もないが、それだけは判っていた。 なのに、何故。 「そんな……いいのか? 俺で」 『さあな、いいんじゃないか?』 レイは適当に答えた。 何故なら自分でも驚いていたからだ。 そしてバツの悪そうに口を尖らせ、拗ねた様に背を向けた。 その小さな背を見つめ、アモンは一つ純粋な雫を落とした。 それは湖に溶け込み、やがてレイの哀しみと溶け合う。 波紋は広がり、この世界にまた一つ、絆が生まれた。 心の絆 [完] (C)2007 ←前へ| [戻る] |