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6話 古の精霊13


 ジャリ――

 コウは足を地面に擦り付けるようにして、男に近づいていく。セーレン・ハイルを鞘から完全には抜き取らず、少し親指で浮かす程度にとどめた。キチッという音だけが、コウと男の間に響く。

 男は哀れむかのような目をこちらに向けた。そして、背後に合図を送る。先ほどからずっと男の後ろで殺気立っていた、何かに。

 ガサリと何かがうごめく音を聞いた後、男はサッと横へ飛んだ。コウが「来る!」と自分に言い聞かせ、腰に挿したままの剣をグッと握と、セーレン・ハイルも鞘の中で力を溜めているのがわかった。

 一瞬の静寂の後、激しい動悸が茂みから聞こえてきた。巨体が木の枝を踏む音が、段々と生々しく感じ取れる。暗がりから、二つの怪しい光が見えた。

 血に飢えた、獣の目だった。

 コウは黒い獣の事を思い出していた。ティレニアのバトルルームに出てきた獣も、恐らく『黒い獣』の仲間だろう。それから先日リストの森で倒した獣も。
 ルイという少年の父親は、大きな3つ爪にかかり、亡くなった。だがコウが倒した黒い獣は、短く鋭い爪を2つ持つ獣であった。傷跡の大きさも聞くところによるとコウが相手にした獣のほうが倍以上大きかったという。

 つまり、黒い獣とは特定の獣を指すのではなく、人を喰らう恐ろしい獣の事を総称して黒い獣と呼んでいるのではないだろうか。ということは、今コウの前に姿を現した大きな獣は、正に黒い獣だという事になる。
 森の奥深くに、ひっそり生きるもの達だと思っていたが、こいつは明らかにそこで嘲笑している男に飼いならされている。恐ろしいことをする。
 コウはじっと獣を見つめた。今までのヤツと大きく違う部分は、いかにも行動が早そうといった所か。いままでは皆荒れ狂う姿で、隙だらけだった。だが、ここにいる獣は、違う。人間に調教されているだけあり、隙もなく、狂ってもいない。こういうヤツが一番やっかいだ。痩せ過ぎても太りすぎてもない完璧な筋肉のつき具合。
 これは正しく戦闘用だった。



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あきゅろす。
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