第1話:3
「何でこんなものを……」
「死神は心を惑わす。それをつけていれば今日みたいに襲われることはない」
「そう、ですか」
淡々と話す男。助けてくれたのはいいが、さっき私のことを。
「どうして助けてくれたの? 貴方は私を……し、知っているの?」
知っているなら教えてほしい。自分が何者なのか、何処から来て、これからどうすればいいのかを。
だが彼は答えなかった。
「教えてよ、ねえ!」
「その指輪をはめろ」
何かを急いている男はコウに近寄り、ベッドに進入したかと思えば、何故か指輪を奪い取った。
そして腕をつかまれて抵抗するコウに、無理やり指輪をはめる。
「ちょっと……!」
銀の指輪はコウの左薬指で輝いていた。
「いっいやよ! こんなものっ」
「外すと効果がなくなるぞ」
「うっ……」
とっさに泣きそうな顔をしたコウを見て、男は小さく笑った。
恥ずかしくなって、思わず顔を隠す。
「ずっとつけておけよ……」
男は颯爽と窓の方へ向かう。
呆けていた頭を振り起こし、精一杯声に出した。
「ちょと待ってよ! あなた誰なの!? なんでこんなっ……」
言い終わる前に、男は窓の外へ消えた。
「何なのよ! もう!」
行き場のない怒りを枕にぶつける。
ふと視界に入った左手に輝く指輪。きらきらしていてとっても綺麗だけど、恥ずかしい。
コウは意に反してかなり赤面している。
以前の記憶は無いし、とっさに結婚とか思ってしまったが、普通よくも知らない人の薬指に指輪をはめたりしないだろう。
というか、この記憶はかなりあやふやな物で、自分の記憶違いかもしれない。
もしそうじゃないとしても、きっと彼らの国ではそういう意味は持たないのだろう。
こうしてコウは強引に自分を納得させた。
そしてこれは悪い夢だ、と思う事にして、勢い良くベットにダイブする。
勝手に部屋に入ってきて、勝手に死神とか名乗って襲ってきて、加えてまた勝手に死神を倒して。
そんなな身勝手な人間に振り回された事実を消し去ろうとがむしゃらに睡眠を貪った。
*****
先ほどと同じ空間が不自然に歪んだ。
何も無い空から現れてきた男は、ふわりと地面に着地する。
自然と捻じ曲がった空間はおさまり、あっという間に元の静かな夜空に戻った。
「あ、リセイ! どこに行ってたんだよ」
「何も言わず抜けてすまなかった。急用でな」
「急用ねぇ……。休養の間違いじゃない?」
アモンは疑いの目をリセイに向ける。
この静かな森の空間がいじられたのだ。アモンが気付かないはずはなかった。
彼が素知らぬふりをするのは訳あってのことではなく、ただ単にそういう性格なだけだ。
「それで、どうだった? やっぱり破滅的に元気だったとか?」
「相変わらずといったところだ」
呆れた風に答えるリセイが可笑しくて、アモンは大笑いした。
「はははっ! 相変わらず跳ねっ返りだったってことかぁ! 一緒に行けばよかったなあ」
「冗談を言うな」
「だよねぇ」
「……何が」
「邪魔されたくないよねえ。だって折角の逢瀬だもん。それも理由付けに敵国まで利用するとはさっすが! 君は大将だよ!」
手を叩いて喜んでいるアモンだが、銀の男は不機嫌に目を細めていた。感情を隠す時に良く見せる表情だ。
そんな二人の様子を見ていた護衛達は、訳もわからずただ呆然と突っ立っていた。
リセイが闇の力で空間を渡り、遠く離れたティレニアまで行っていたなどという話を誰が信用するだろうか。
彼の力を知っているアモンにしか理解出来なくて当然なのだ。
「でも、こんな満月の夜は精霊が癒される絶好の機会だもんなぁ。今日に限ってあいつらが襲ってくるとはあの精霊も運が悪い」
何が可笑しいのかアモンはけたけたと笑う。
「カルちゃんは先の戦争で大分力を消費しているから、今頃この満月を浴びてるんだろうな」
「事実を知れば卒倒するだろう」
「本当だよ、まさか自分のいない間に死神が来て、しかもリセイが飛んできたなんて知ったら。くくくっ……見てみたいなぁ、アイツの慌てる様子! あーおっかしくってお腹いたいよ!」
「程ほどにしろ」
「わかてるって!」
窘めるリセイの言葉に対し、承知しているというアモンだが、顔はまだ笑っていた。
第1話「死神」[完]
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