9話 消せない過去 「コウ様!」 「あ、クリスさんだ」 森の様子を見に行っていたクリスが帰って来た。彼女は早々にコウの様子を見に来てくれたらしい。 部屋を開けるとコウが元気そうに話をしているので、クリスも安堵してコウに走り寄った。 「もう起きてもよろしいんですか?」 「はい、もうすっかり……心配かけてごめんなさい」 「そんな事はいいんです! コウ様が元気でいらしたらそれで……」 クリスはふと横にいたリセイに気づく。一介の警備兵が天の間に居ることを不思議がる事もなく、彼女は至って普通に挨拶した。 「フレアンか、久しぶりだな」 「ああ、クリスさんもお元気そうで」 体は寝ているコウを向いたまま、クリスと目線だけを交え、フレアンは不敵な笑みを浮かべた。 「というかお前、仕事はいいのか?」 「今日は非番ですから」 さらりと受け流され、クリスは若干剥きになる。 「嘘をつけ。最近さぼりがちだと町長から苦情があったぞ」 「私一人欠けた所で何が起こることもないでしょう」 ──元より、自分など頭数の内にも入っていないのだから。 「それよりも、町人の噂を耳にしましたよ。あちこちで機関生の対応が悪い、と……。管理が行き届いていないのでは?」 一頻り言い終わると、フレアンはその深緋色の瞳でクリスを貫いた。 「ぐ……そ、それは……今は新入生が多い時期で……」 「言い訳、ですか?」 「…………っ」 思わず言葉に詰まるクリス。 「何か、変なの」 重々しく話す二人の間にコウが介入した。 フレアンはぱっと表情を変えて、優しい口調で聞き返す。 「何が……変なんだ?」 「だって、クリスは結構位の高い人って聞いてるし、フレアンさんはフィナ町の警備兵でしょう? なのに立場が逆みたいだなって」 「ははは、そう見えたのか?」 「まぁ、何となくだけど」 彼らの素性を知らないコウは、当然頭にハテナを浮かべている。……が、クリスの額や首筋からは汗が流れ出ていた。所謂、冷や汗だ。 対するフレアンは、先程と何も変わらず爽やかな笑顔でコウを見つめていた。 コウはふとマリアがいない事に気付き、その名を呼んだ。 「マリア殿は講義中だ」 「あっそうか」 コウはちょっと残念そうに顔を歪める。クリスは少し眉を下げた。マリアなんて何の役にも立たなかったのに、何故コウ様は彼女を気にするんだ? といった感じで。 マリアは天然のほんわかお姉さん、クリスはしっかり者の頼れるお姉さん。と言う風に、コウは一度に二人の姉が出来たように思っていた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |