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古の精霊06


 最近はその様な粗骨者が出なかった所為か、検問官の意識水準も低下していたのだろう。
 それが顕著に現れた事件が、今日この日に起こってしまった。

「今から審査を行う。身分証明は?」

「…………」

「おい、聞こえなかったのか? 何か身分の分かるものを……」

 検問官が問いかけるが、審査を受けていた年配の男は一向にその口を開こうとしない。
 不思議がって検問官が近寄ると、男は突然検問官に切りかかった。

「――!?」

 幸い用いられた刃物は短目の小刀で致命傷には至らなかったが、右腕に深手を負った検問官は腰剣を抜く事も出来ず、低く唸ってその場にうずくまる。
 その光景を見ていた周囲の検問官が慌てて様子を見に行くが。

「おいっお前、何をやっている!?」

「…………」

 男はやはり無言で背を向け、直ぐ様機関内へ走り出した。
 正門を越えた先には両端に野外練習場が広がり、年配の男などそこら中にいる。
 急いで追いかけた検問官は、その大衆に撒かれて男を見失ってしまった。

「くそっ! 不審者が侵入した! 至急内部に連絡を……」



 検問官長がそう叫ぶと同時に、何かが彼らの横を風のようにすり抜けた。
 それは一筋の風、白い鳥……否、白い髪の少年だった。
 その横顔を確認することは出来ず、過ぎ去った少年の後姿のみを追いかけた。

「白い……少年……?」

 官長がそうつぶやくと、人込みの中から男の叫び声が聞こえてきた。
 検問官はお互いを見合い、そして慌てて声のした方へ駆け出した。

 いつの間にか人集りが出来ており、少年と、少年に取り押さえられた男を囲んでいた。
 男は鞘で首を締め付けられ、声が出ない。それどころか呼吸もままならない状態だった。
 検問官は取り押さえられている男が例の不審者であることを確認した後、少年に代わって男を押さえ、手を縛った。

「君のおかげで被害が最小で済んだよ。ありがとう」

 検問官長は白い髪の少年に声をかける。
 大柄の男を取り押さえたとは思えないほどの華奢な体に、官長は目を疑った。

 鋭い刃を持つ細剣を片手に、少年は薄い水色のマントを掃い、その顔を上げた。
 その瞬間、誰もが見惚れただろう。
 まだ幼さの残る表情に、透き通るような白い肌、理知を含んだ琥珀色の真っ直ぐな瞳に、薄い水色がかった白い髪……
 誰が見てもその姿は『美しい』と感じた。

「たまたま通りかかっただけですから」

 細い声で一言そう言うと、少年は身を翻し、正門から外へ出てしまった。
 その場に残された者達は暫く動く気配を見せなかったが、やがて検問官長の一声により元の騒がしさに戻った。
 年配の男も先ほどの様に暴れることなく、大人しく制裁を受ける。

「一体……彼は誰だったのか……」

 名乗らず去り行く少年に目を奪われていた官長は、やがてその身を彼に捧げる事になろうとは、今この時に気付くことはなかった。



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あきゅろす。
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