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30話 帰郷08


 === 帝国フィルメント ===


 中央大陸中西部に位置する帝都ラクセル。ここが商業、農業、軍部各々において総括の役目を果たす帝国の中枢である。帝都の中心に聳え立つのは白亜の城、ヴェーゼンス城。つまり国法の最高権力者でもある帝王の住まう王城である。

 ヴェーゼンス城は高い塀で遮られ、一般市民の混入は一切認められていない。この閉鎖された空間に在る、全謀を取り決める帝国議会にて、たった今、一人の男が裁かれていた。

 会議の行われる大堂院では、入って最奥に帝王と王属司祭数人、左側に宰相、賢者などの重役、右側に神軍の重役、そして入り口を覆う様に帝国正規軍、つまりは聖軍の重役が並び、箱型討論の形をとっていた。王を除く三方の権力はほぼ等しく、各々の分野において仕事を分立させている。しかし今回は神軍側の長の座は空席で、この箱の中に一人膝をつき王座に傅く男が一人。

「神軍総司令官、リセイ=オルレアン。汝を右規約違反により謹慎に処す」

 罰を下された男は、その美しい銀髪を揺らしながら深く頭を下げ、承諾の意を示す。一軍の長が罪に問われるという異例の事態に、流石の議会も大分騒がしくなった。木音でそれを制す議会長―宰相ヴォルテール―は口元に拵えた白髭を一度触り、静かに立ち上がる。

「総員解散、詳細は調書にて公証する」

 宰相の一言で出席者は総立ち、王属司祭団の退出により議会は幕を閉じた。

 処罰を下された男は、最後の一人が退出するまで垂れた頭を上げる事はなかった。これは彼の誠意の表れ、そして罪の償いでもあった。本当なら多くの忠臣を従え堂々と振舞うべき人物が、この様に許しを請う態度を見せるのは非常に珍しく、また彼を慕う者達は歯を食い縛り悔しさを堪えていた。

 静まり返った大堂院で、銀の男は漸く顔を持ち上げた。目の前には王の座。現在病に伏せる帝王は会議に姿を現す事も無く、彼の処罰は王属司祭が決定したも同然だった。それを今更に咎める者もおらず、帝国の政の最終決定権は全て王属司祭に握られていた。

 このままでは横柄な政治に不満を抱く国民の反感は強まり、国は信頼を失くして孤立してしまう。その果てにあるのは、国の崩壊のみだ。

 彼は王座を見詰めながら静かに立ち上がり、入り口に繋がる赤褐の絨毯の上を歩いて、この静まり返った大堂院を後にした。

「謹慎程度で済むなど奇跡に近いですよ」

 大堂院を出たリセイに投げかけられた声は、かなり苛立ちの様相を見せた。だがそれはいつもの事で、リセイも苦笑いながら答える。

「丁度いい休暇が出来たな」

「……はぁ」

 深く溜息を吐いたのは、まだ成人して間もない男、覇王の補佐官グレイ。彼は普段に増して眉間に皺を寄せ、罰せられたにも関わらず余裕の態度を見せる主人に近寄った。前方に現れた忠臣を迎え入れるリセイは、やはり穏やかな表情をしていた。それがどうやら気に喰わないらしく、グレイは更に顔を顰める。

「貴方がこうまで大人しく罰を受け入れるなど、信じられません」

「仕方がない。そうしないと何処に矛先が向くか分からないからな」

「また……庇うのですか」

「何の為にここまで我を通して来たと思う」

 このリセイの変わらぬ態度に、グレイはもう溜息しか出ない。何を庇っているのかなど、愚問で。それ以上聞く事はなく、グレイは手に持つ書類を渡す。

「謹慎中の私に堂々と仕事をさせる気か」

「休みもへったくれもありません。とにかく一度目を通して下さい」

 グレイの目は真剣だった。これにはリセイも差し出された紙切れを受け取るしかない。ところが見慣れた書類に書かれた、おかしな文面に思わず目を見開く。

「どういう事だ」

「どうもこうも……そこにある通りです。今朝方早馬でよこして来たので私も詳しくは」

「……そうか」

 リセイは再び文章に目をやる。やはり間違いは無い。この報告が真だとすると、今頃……。

「おおぅい、元気にしてたかー?」

 静かな大堂院の前で、こうも平気で大声を出す者など思いつく限り一人しかいない。

「……アモン……?」

 この時のリセイの驚き様は異常だった。それもその筈。今し方渡された書面に書かれてあった事、それは――

「あれ、何その反応。もしかして帰って来ない方がよかったとか?」

「ええ、全くその通りです」

「あ! 酷いよグレイちゃん!」

「何度も言うが、ちゃん付けしないで頂きたい」

「固い事言わない言わない」

 いつも通り笑顔でやって来るアモンを、リセイは言葉も無くただ凝視していた。


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あきゅろす。
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