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42話:29 刀鍛冶


さすがのコウも固まってしまい言葉にならなかった。

あれだのそれだのと言われても混乱してしまうが、セーレンハイルと同じ模様の短剣は知っていた。

「拾ったのではなく貰ったんです、フレアン……いえ、リセイに、それが王の専属武器だと言われて」

「リセイ様が? それは本当なのですか、クリスお嬢様」

「え……、ええ! もちろん! ですから一度話を聞いてください、ルド様」

放心していたクリスがやっと立ち直り、両手で二人の間に割って入った。

「確かにコウ様は精霊王なのですよ。古の神の加護を受けていらっしゃるのもその証のひとつ……それだけでなく、もうリュートニア家当主の認証も得ておりますから」

「……む……」

男は荒い息を落ち着かせようと椅子に腰かけ、その肩にクリスがそっと手を添える。

「……いや、取り乱してしまい申し訳ない」

深く息を吐き出し、男は目を瞑る。

「……もう何年も前のことだ。リュートニア家当主フロライン様が遥々この地に来られ、とある武器の修理を私に託された。それが、古代紋章の入った短剣だったのだ。最初はどうしていいのか分からなかった、あの短剣はとてもではないが人間の業ではどうにも出来ないもので、私が今まで受けた中で一番難関だった」

だからなのか、その紋章は彼に畏怖の念を覚えさせた。

「あの……その短剣なら、少し前にローズ王女からいただきましたよ」

男は眉をひそめた。

「……なんですと?」

「えーと……どれくらい前になるのかな。帝国が東国遠征したときに渡されたから……」

「リュートニアの遺産を、東国の王女が持っていたというのだな」

「そういうことになるよね」

きょとんと目を丸くするコウと、真剣な面持ちの男が正面から見合う。

「……でも、どうして王女が持っていたんでしょう?」

「分かりませんな」

また、沈黙が流れた。

現物はここに無く、相手の素性も良く知らない者同士、込み入った話をするのは難しそうだ。

「……おっと、こちらの自己紹介がまだ済んでいなかった」

男は僅かに姿勢を正した。

「私はルド=シーモア。ランタンの町で鍛冶屋をやっております」

クリスは彼のことを敬称で呼んでいたから、彼は帝国貴族や司祭階級かもしれない、と思い込んでいたコウは面食らった。

貴族などではなく鍛冶屋を営む平民で、いやそれよりも、コウが知る数少ない家名の中のひとつと一致していた。

「……つかぬことを伺いますが」

なにかね? とルドは促す。
「もしかして、貴方の親戚に教皇がいたりなんかは……」

「ああ、そうだ」

まるで不本意とでも言うように、ルドは嘲笑しながら答えた。

「教皇アモン=シーモアは私の愚息だ」

側ではクリスが嬉しそうな笑みを絶やさない。

彼女があんなにも親しげに話していた理由がよく分かった。この男性はアモンの父親であり、クリスの良く知る人物なのだ。

「あまり似ていないように見えますが」
「そうかね?」

失礼な発言にも落ち着いて反応する辺りが、クリスの絶大なる信頼を得ているのだろうか。

「しかし……な、東国とはまた、懐かしい」

「ルド様は東国へ滞在されたことがお有りなのですか?」

クリスが問うと、彼は二重の瞼をさらに重ねた。

「……いや、知り合いがな……もう死んでいるのかも知れないが」

「知り合い、ですか」

「そうですよ、クリスお嬢様」

わざにゆっくりと、敬称を付け遠ざけるように名を呼ぶことで、ルドはこの会話を終わらせようとした。

「ルド様、貴方はいつも……あまり心内をお見せになりませんね」

アモンの父としてだけでなく、尊敬する技士への気遣いから出た言葉だった。

そのひと言が彼の歪んだ世界を温かく包み込んでくれることに、クリス自身が気付くことはなくても、ルドはそれでも良かったのである。

クリスが小さな頃からずっと見守ってきたルドは、そのまっすぐな視線に弱い。

だが、自分を労るクリスの澄んだ瞳が何よりも有り難かった。

今もまた、囚われまいとして、時間を忘れるほど夢中になれる刀へ興味を向けた。

「ところで……その魔剣は精霊王の力を洗練させると聞くが、今は随分と大人しい。もし良ければ少し見せてもらえないかな」

コウは直ぐに頷き、セーレンハイルを腰から抜いて、布で覆った状態で手渡した。




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あきゅろす。
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