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42話:21


鳳仙花の種子の様に飛び散った無数の針がルーンを襲う寸前のことだった。
黒光りしていた髑髏の中央に僅かな亀裂が走り、そのまま真っ二つに割れてしまったのだ。

不意の乱入にアシュラは驚いた。
かなり地上から離れた位置での攻防だった。そこへ横槍を入れるとすれば、飛行能力をもつか、或いは超人並みの脚力が必要だ。

砕けた髑髏の裂け目から見えた姿は紛れもなく東国の飛竜。そして、竜の背に乗り大剣を構えていたのは帝国の戦士だった。

戦士は重厚な甲冑を容易く身にまとい、爛々と目を耀かせてアシュラを睨み付けていた。

「ちょいとお前んとこの飛竜借りてるぜ!」

「何こいつ……! 帝国人のくせに竜に乗ってるし」

「うるせぇな、こいつらに手ぇ出すんじゃねーよ! オラオラァ!」

頼もしい限りの助太刀だが、何故かコウは其ほど有り難くはなかった。

飛竜を足場に、乱暴過ぎる攻撃でアシュラを引かせたのは、クルエラ村で護衛をしている筈のケインだったのである。

「おいリナ、無事か!?」

「ええ……私は何も……でもケインさん、どうしてここが?」

「どれだけ探したと思ってるんだ、全く。この変な野郎は俺が相手するからお前は下がってろ! コウ、腑抜けてんじゃねーぞ!」

「な、なんですってー!」

コウが憤慨する様を横目で見て、ケインはふっと小さく笑った。

「……大丈夫そうだな。リナを任せたぞ」
コウはケインの目を、その奥に潜む強い意思さえも捉えるように見据え、こくりと力強く頷いた。


 *****


「あちらも楽しんでいるようだな」

大槍を携え、今にも噛み付かんとする帝国の影を見下ろし、グロードハーツは愉快で仕方がないという様に口元を吊り上げた。

だが、アークには目の前の男を切り刻み、息の根を止めることしか頭になかった。

十年以上も憎み追い続けた相手が、この刃の届くところに居る。
幼かったあの頃の自分とは違い、神王の影として鍛えた技は近衛の誰にも勝ると確信していた。

必ず報いてみせる。殺された両親と、奪われた故郷の積年の恨みを……。

あの時、そう誓ったから。

「……風清乱舞」

アークはそう囁くと、肩越しに控える契約精霊の風力を自分の体に纏わせた。

緩やかな風はやがて嵐となって辺りの空気を震わせた。

こんな目立つ戦いは、実はアークにとって初めてのことだった。派手に精霊を発動させるなど、影としては不都合な戦い方だからである。

けれどアークは、今は影でいることを忘れようとしていた。
今だけは親愛なる故郷の仇討ちを華々しく飾る為に、この男を赤い血華で塗り潰してやろう、と。

心臓の音が妙に煩い。戦いがこんなにも血を沸かせるものだとは気付かなかった。

「いい目をしている……影にしておくのは勿体無いくらいだ」

「関係ない。東国獣将グロードハーツ=イル、──覚悟!!」

獣将の胸当を疾風が切り裂いた。
カチャリと留め金が外れ、金属板ごと地面に落下するより先に、大槍がアークの腹の辺りを貫いていた。

しかし、槍先は服を掠めただけであった。

激しい攻防は止まることなく、両者ともに一歩も譲らぬ気迫を放ちながら、アークが放つ速攻の剣技と獣将の重い槍捌きが幾度となくぶつかり合った。

アークはどうしても、獣将の甲冑に亀裂を入れることが出来なかった。力強く打ち込んだ一太刀も容易く弾き返され、その反動で数メートル後方に吹き飛ばされてしまう。受身をとる間に間合いを詰められ逃げ場を失い、咄嗟に構えた短剣で何とか相手の槍を防ぐ程度である。

体格に圧倒的な差がある。戦を経験した数も遥かにこちらが劣っている。
一目見れば勝ち目のない戦いだと分かるはずなのに、アークは目を逸らすことをしなかった。

体中の節々が悲鳴を上げても全力で立ち向かって行った。完全なる敗北を迫られてもなお、彼は戦い続けた。

その心意気は素晴らしいと、獣将は密かに感心していたが、敵国の影ならば確実に息の根を止めなければならない。皇族に忠実な犬というのは情けで生かしておくと後々厄介なものだ。

「もう少し遊んでみてもよかったが……あまり時間がないのでな。そろそろ殺らせてもらうぞ」

グロードハーツは構えを変えた。かなり低い体勢で槍を突き出し、大地を這う様にして走り出す。

走りながら乾いた土砂を巻き上げ、土埃で相手の視界を閉ざした。獣将は持ち手を変えて大槍を振り回し、轟音を放ちながら真正面を突いた。

「さらばだ、若き戦士よ!」



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