42話:18 抉られた記憶
「ああ、そうだ。思い出したぞ。お前は確か、アーク=バクトではないか?」
「……」
「やはりそうだ、間違いない。その顔には見覚えがあるぞ。随分前のことだから忘れていてもおかしくはなかったのだが……何故かはっきりと覚えている。あの光景は今思い出しても見事であったからな」
動揺するアークとはまるで正反対の男が、楽しそうに話を進める。
「完全なる我々東国の勝利であった。華やかな町が一瞬で散る姿は儚く美しいものだ」
「何のことを……」
「あの町を一日で灰にしたのはこの私だ。跡取りが生きていた、と後から聞き、それは悔やんだものだ」
領土一帯の殲滅を確実に実行したはずだったのに、と。
男は、血のようなどす黒い目を向けてきた。その視線は光さえ脱出させないような重さを感じる。
「……、まさかっ!!」
「数日前の戦では私の息子がお世話になっただろうか、帝国の戦士よ」
「貴様っ! 獣騎士軍の将……っ、グロードハーツ=イルか!?」
「如何にも」とこの男、グロードハーツが満足げに頷いた。
言われて気付いたが、アークもまた彼の名を良く知っていた。
復讐を誓ったあの日、美しかった故郷と引き換えに深く頭に刻んだ名だ。
東国セニアで最も残虐とされる獣騎士軍の将であり、敵も味方もことごとく斬り殺す戦い方は自国からも異常に恐れられていた。
ところが帝東戦の最中、反逆の危険性があるとして東国の地下深くに拘束されたのである。
今もまだ、秩序を守る為だとして束縛されたままのはずだったが、その男が黄泉から這い上がり帝国へ侵入しているというのだ。
これは、帝王さえ感知していないことかもしれなかった。
一刻も早くこの場から退散し、状況を全て帝王に伝えなければならない。ともすればこの男が数千の獣騎士を連れて戦を仕掛けてくる恐れがあった。
だがそれよりも、アークの心を占めていた感情が彼を冷静にさせなかった。泣き叫びそうな程の痛みと共に、激しい憎悪が込み上げてきた。
コイツダケハ、コノ俺ガ殺サナケレバ。
息の根を止メルナラ、今シカナイゾ。
殺レ。殺ルンダ。
「虚しいものだな。死をもって守ったのがこんな小僧であったとは。お前の親もさぞ無念であったろうな」
「貴様……っ!!」
アークは無意識に走り出していた。手にした小刀を強く握り締め、標的に向けて確実な太刀を振るった。
それを難なく受け止めたグロードハーツは楽しげに口元を遊ばせた。
「くくく……その殺気、愉快でならん!」
「っうあ……!?」
一撃を跳ね返された衝撃で後方に飛び退いたアークだが、また直ぐに体勢を整え次の攻撃に備えた。
「本気で私に適うと思っているのか」
「……!」
低く構えるアークの足元に、円を描くようにして土埃が立った。風が線を引きながら体中にまとわり付き、そこら中に落ちた木葉さえ渦を巻いた。
「風使いか……面白い」
互いに向かい合い、武器を構えて激しく相手を睨みつける。
一枚の葉がひらりと視界に飛び込んだその瞬間、二人は同時に駆け出した。
風を纏ったアークの方が一瞬早く相手の懐に辿り着き、思い切り刀を振るったが、それは肉を斬る感触ではなかった。
槍の刃で受け止めたグロードハーツは余裕の笑みでアークを見下ろした。
押し合いが均衡する中、アークは背後から殺気を受けた。
振り向かずとも分かる、もう一人からも狙われていることに。
「ちっ……!」
交えた刃を振り解いて方膝を付く。
後方からの鋭い殺気を感知し、その方向を的確に当てると、寸分の狂いも無くその一撃を受け止めた。
「不意打ちとは卑怯な……」
アークが唸ると、不意打ちを仕掛けた方も舌打ちをした。まだ少年と言ってもいいくらいの幼い顔をしていたが、首には髑髏を、頭には何かの獣の頭蓋骨を被り、何とも妙な格好をした少年だった。
「あーあ、折角殺れると思ったのに。意外と勘がいいんやなアンタ。ちょっとは楽しめそー」
「……」
「なんだよ、無っ愛想なやつー。ねえグロードハーツ様、こいつと殺し合いさせくれん?」
「アシュラ、手を出すな。私の獲物だ」
「……ちぇっ」
不貞腐れた彼は、首飾りの髑髏をひとつもぎ取ると、ぽんぽんとお手玉のように掌で弾ませた。
「じゃ、俺はあっちの女の子いただこうかなーっと」
その無邪気な仕草で油断させていたのか、不意に口元の笑みが深く怪しげに吊上がり、彼は髑髏を徐に放り投げた。
大きく弧を描いて空中を跳ぶそれは、何の変哲も無い骨かと思っていたら、コウに近づくに連れて黒い風を纏いだした。
風は次々と渦を巻き、コウにぶつかる寸前で無数の針を放出した。逃げ場など皆無なほどの量だった。
針が硬い地面を容易に突き刺し、地面に亀裂が走った。
「おっしゃ、捕−らえたーっと。ソレ、只の骨と違うからなあー。って今さら聞いても遅かったか?」
あははっ、と愉快そうに高笑いをしている姿は誰が見ても不気味だった。その幼い容姿からはとても想像つかないものだ。
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