42話:11 クルエラ村
大草原の中、馬の背に跨り風を切るコウはただひたすら東を目指していた。
肌に心地好い冷風が地面を這って行く。
その上空を軽やかに飛ぶのは風の精霊フェザールーン。大きな羽を優雅に広げ、時折腹を上に向けたり旋回しながら飛行を楽しんでいる。
帝都東の大草原を抜けると直ぐエルメア城の本旗が見えた。
そこから少し進路を変え、クルエラという名の小さな村を目指す。
村は軍城からそう遠くはない。馬を使えば一時間もかからないほどだ。
そうして村に辿り着くと、コウはひらりと馬の背から降り、杭に手綱を引っ掻けておいた。
ルーンは一度コウから離れることにしたようだ。その方が広い範囲の状況を把握できると思ってのことだろう。
コウも止めなかった。わかったと頷きながらも、ヘルトの言葉が反芻して彼女とうまく顔を合わせられないのである。
「……とりあえず、行かないと」
村のどの辺りに目的の家屋があるのかコウは知っていた。エルメアを脱出した際この村を通ったのだから。
細い迷路の様な道を突き進んでいると、村の衛兵と思われる男に出会った。
「待て。お前は何者だ? この国の人間ではないな」
「あの……、リナという子に会いたいのだけど」
「リナ……? 何故その名を知っている。彼女が村に居ることは我々か上層部の人間しか知らぬこと……」
「あ、あの、カイリ……様が単身で帝都に来たから、きっとリナはここに残ってるんだろうと思って」
衛兵は更に顔を険しく歪めた。
カイリが帝都に着いたのは今朝のことだ。それを知ってこの村へ来たなら、到着はどんなに急いでも夕方になる。
今の時刻は正午過ぎ。コウの言っていることは時間的に無理があるのだ。
「可笑しなことを……嘘を吐いても無駄だ。怪しい女だな、お前、何が目的か教えてもらおうか!」
「えっ……と」
甲冑の衛兵は声を荒立てた。しっかりと武器を持っているし、無理な抵抗はしない方が賢いだろう。
コウが苦笑いで一歩後ずさると、衛兵は「逃げる気か!?」と大声を放って追いかけてきた。
「ちょっ……と、待って! 私の話を……」
「聞くのはお前を捕らえてからだ! 待て、この……ちょこまかとぉ!」
槍をぶんぶん振り回してくるが、コウは難なくそれをかわしていた。
埒があかない。なぜ辺境村の衛兵がこんなにも気を張っているのだろうか。
そんな時、なんとも間抜けな声が聞こえた。
「まあ……どうかしましたか?」
心が洗われるような透き通った声であった。
「衛兵さん、その子は私の友人です。手荒な真似はよしてください」
「リナ様! まだ出歩かれてはなりません、早く横になって……」
「大丈夫ですわ。怪我はすっかり良くなりましたし……それに、何時までも寝てばかりいられませんわ。ね、そうでしょう?」
彼女らしい穏やかな微笑みを久方ぶりに見た気がした。
リナはコウの手をとり、少し腰を屈めて挨拶をした。
「来てくれて嬉しいですわ」
「リナ……」
「さあ、家の中に入って? 実は今朝ね、久しぶりにパンを焼いてみたのよ。お腹空いてないかしら」
食べ物の名に反応して、思わず「うん」と頷いてしまったが、意外にも元気そうだ。彼女は嬉しそうにコウを家の中へ引き連れて行く。
リナの周りはいつも優しさで満ち溢れているかのようだ。不思議と笑みが溢れている。
中へ入り、木のテーブルを挟む形で椅子に座らされると、向かいのリナが鼻歌混じりにパンを取り出していた。
彼女は手製のジャムとバターを塗り、はいどうぞ、と差し出した。
「美味しそうな匂い……前にも一度もらったことがあったね」
「ええ、あの時ね、私ったら考え事ばかりしてて夜も眠れなくて、気分を変える為にお菓子やパンを作っていたのよ」
「そうだよね、本試験前って緊張するし」
と言いながら、コウ自身はあまり気にしていなかった方だった。本試験の存在すら直前まで知らなかったくらいだ。
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