42話:08
コウはゆっくりと後退した。
首をゆるく横に振り、絶対に信じられないと目で訴えて。
「そんなの嘘だよ。だって、だってカルロはずっと私を気遣って、守ってくれたんだよ? サラ、それはきっと何かの間違いだよ」
自分でも悲痛な笑顔を見せているのはわかっていた。
けれど言われるがまま信じることは出来ない。そんな話が真実だなんて認めない。
「あのねサラ、カルロはちょっと無愛想で可愛げのない精霊だけど本当は凄くやさしいのよ? それにルーンだって、昔とても辛いことがあって、人間を憎んでいたこともあったけど、今は人間の様子を見ているのが楽しいんだって言っていたよ」
だからね、と続けるコウを遮るように、サラは言い放った。
「あの魔剣には幾億もの精霊魂が封じられているの。それは全て、器を生かすためだけに過ぎなかったのよ」
「そんなことある訳ないよ! だってそれじゃあ、精霊が」
「そうよ。精霊が精霊を喰らって、銀神の魂を現世に留まらせてきたの」
「何の為に? どうしてそこまでして……っ」
「銀神アルジェントはその昔、神々の中で最も叡智ある、美しい精霊と謳われていたらしいわ。失いたくなかったのよ、きっと。神々にとって栄誉ある古の精霊がこの世から消えてしまうことが耐えられなかったの」
だから、神々は魔剣と化した銀神に、精霊という名の生贄を捧げてきた。
数千年もの間、ずっと、ずっと。
「魔剣が精霊を吸い取るのはこの世の秩序を守るためなんかじゃない。そうじゃなかったのよ、コウ!」
肩を揺さぶられ、突き刺すような眼で見つめられても、コウは頷くことが出来なかった。
サラはいつも難しいことを言うけれど、今回ばかりはとても思考が追いつかない。
互いが目の奥を覗き込むように見詰め合っていると、静かに部屋の扉が開かれた。
現れたのはリュートニアの当主、ヘルトである。
彼は引き連れていた数人の守護者を部屋の外に待機させると、無表情のまま扉を閉めた。
二人の少女に歩み寄り、若干表情を緩ませた。
「サラ、ちゃんと説明をしてくれたようだね。議会が長引かなければ私から直接言おうと思っていたのだけど」
「いいえ……そんなこと」
「コウさん」
途端にヘルトは口元を引き締めた。
「理解してくれとは言わない。けれど、君には知る義務があるんだ。わかってくれるね?」
「……本当に、それが真実、なんですか?」
「私はもう二度と君に嘘は吐かないよ」
コウは力なく項垂れた。
馬鹿らしいとさえ思う彼らの戯言を、完全に否定することが出来ないのは理由があった。
自分もまた、魔剣は非常に危うい物かもしれないと頭の何処かで感じていたのだ。
「……ひとつ、言っておきたいことがあるのだけどね」
ヘルトの言葉に、視線だけを向けた。
「神々が人間の存在を無視しているとしても、きっと君のことだけは、何者からも守りたいんだと思うよ」
「そんなこと……」
「彼らに君は殺せない。だからといって私たちは神々の行為を放っておくことは出来ないんだよ」
「そんなこと言われても、どうしていいのか分からないよ!」
神はこれまで通り理不尽極まりない我意を貫き通すだろう。
自然界の循環のためではなく、魔剣に命を吸い取らせることは寧ろ力の滞留に繋がる。そんな身勝手な行動をこれ以上許す訳にはいかない。
ともすれば、そのことが長年のアムリア不在を引き起こした可能性もあるのだから。
「このことは他言無用。勿論、精霊の神にも」
「っ……でも!」
「君やサラには伝える必要があった。だけど、歴代リュートニア族が神の目を欺きながらも手に入れた遺産を奪われる訳にはいかないんだ」
「カルロやルーンはそんなことしないよ」
「ああ、そのことだけれど」
ヘルトは胸元から何かを取り出した。彼の掌に収められていたのは何かの形をした影のようなものだった。
まるで生き物のように蠢いている。
それをコウの左胸の上に埋め込めるように擦り付け、その途中で影が一瞬散り散りになると、再び元の形に戻り肌に付着してしまった。
一見すればただの刺青だが、彼が意味の無いことをするとは思えない。
「これは、なに?」
「風の精霊は人間の心の中を読む能力があるんだよ。この情報が漏洩しては困るからね。一応、風の精霊は全種類試してみたら防御能は十分だったよ。ただ……、神の力まで跳ね返せるかどうかは何とも言えないけれどね」
「っルーンはそんなことしないわ!」
「しようがしまいが、どちらでも関係ないんだよ。秘密を持つ者がこれまでのように無防備ではいけない。サラや私も同じものを付けているから、安心して」
ヘルトは乱れた服をそっと直し、コウの頭を優しく撫でた。
「君には背負わせてばかりだね。私が不甲斐ないばかりに……本当に申し訳ないと思っているんだよ」
彼は言葉の最後に憂いの笑みを見せた。
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