30話 帰郷07
「やめて……二人とも」
異常な空気を切ったのは他でもないコウだった。ヘルトとロウベルトは顔を上げ、お互いを見やる。そしてゆっくりと立ち上がった。
コウは眉をひそめて唇をかむ。
「私もカルロも、そんなことしてほしくて来たんじゃないの。だから、やめてよ……そんな風に、腫れ物みたいに」
「コウさん……違うんだ。ただ君は、本来ならとても神聖な存在なんだよ」
「どう思おうと構わないけど、今みたいな態度はしてほしくない」
ヘルトはそれ以上何も言えなかった。ロウも無言で一礼する。それはコウの言った事を承諾した、と受け取って良いだろう。今更ながら、”精霊の王”なんて、本当に性に合わない。人の上に立つことにはなかなか慣れない。
精霊の王は、生物の王、産みの母と、いつの時代にか囁かれた文句があった。それは今となっては忘れられた言葉だが、いずれコウという存在がその記憶を呼び起こす事になる。カルディアロスだけはそう感じていた。
「ね、ヘルトさん、話を戻すんだけど」
「ああ、そうだね。今は他にやらなければならない事がある」
ヘルトはいつもの冷静さを取り戻す。そして少しの間考えを巡らせると、ロウに向かって命令を下した。
「ロウベルト卿、すぐ南へ向かってくれ。追いつけないならそのまま帝国へ渡るんだ」
「はい。心得ました」
ロウはそれだけを聞くと、コウに深く礼をして早急に部屋を出て行った。
「ロウベルトさんはどこへ?」
「その影の集団の目的が何かはまだ分からないけれど、恐らく彼らの狙いは歌姫の癒しの効果じゃないだろうか」
「誰かが癒しの歌を欲しがっているってこと?」
「それならまだいい。最悪はその逆だよ」
癒しの歌をこの世から消し去るために。センは命を狙われているとしたら。
「大丈夫だよ、コウさん。クルーバード劇団は今や西国王宮の御用達。下手に手出しはしないだろうから」
「けど、今回だってかなり無理やり……」
「あれはホームズを囮に使ったんだろう。影で操っていたのは別の目的を持つ、何者かだ」
ヘルトは眼鏡の位置を直すと、コウに向き直った。
「ロウベルトに任せておけば大丈夫。君は暫く休養をとりなさい」
「でも……私……」
周囲の人間は今も尚動いているというのに、自分だけ楽をしているみたいで心苦しい。
「本当ならもっと早く君を保護するべきだったんだから……今までよく耐えた方だよ、本当にお疲れ様」
彼らしい、穏やかな笑顔。それはコウの心の痛みを取り除いた。
「はい……これからも、よろしくお願いします、ヘルトさん」
「もちろん。それに……樹の神も、ね」
ヘルトはコウの後ろで静かに現状を見つめるカルロに話しかけた。カルロは小さく頷くだけで、声は出さなかった。
「それじゃあ、ここは好きに使っていいからね」
「はい、ありがとうございます」
ヘルトは笑顔で部屋を出た。私はそれを見届けた後、そっと後ろを振り返る。
「カルロ」
『……はい?』
「ずっと、傍に居てくれるよね?」
『勿論です、コウ王女。貴方は我ら精霊界の王者なのですから』
「もう、私が嫌がるの知ってて言ってるんでしょ」
『……さあ』
カルロは意地悪く答えた。
「もう……哀しい思いはしたくないな」
今までの自分は試練を乗り越える事で精一杯だった。けれど、これからは違う。自分の意思で行動し、護っていかなければならない。
でも、一人じゃない。それだけは確かなことだった。
「大丈夫、きっと──」
そう囁く儚いコウを、カルロはただ見守っていた。
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