1:混沌の海05
「この様な所まで出られては困ります、カイリ様。それにほら」
シェーンはのうのうとしている聖王カイリと対話しながら、ある場所を指差す。
それは、カイリの少し後ろ。
「リナまで貴方にくっついて来てしまうのですから、彷徨くのは止めて下さい」
「ああ、控えるとしよう」
口先だけのカイリに、シェーンは黒い瞳を向ける。
「全く分かっていらっしゃらないようですね。聖王カイリ様、貴方はこの様な下階級の場に来てはならないのですよ? 大賢者メディア様からも強く止めさせる様にと仰せつかっておりますから」
「母上が何と言おうと、私は信頼する部下たちと同じ心で挑みたい。シェーン、大賢者のことは二度と言うな」
「しかしですね、それでは私がお叱りを受けるのですよ。奔放な主を持つと支える者が苦労をするとは正にこの事です」
「言う様になったなシェーン、それでこそお前だが」
この様な二人の言い争いは既に日常化している。
その間ずっと、リナはカイリの傍で微笑んでいるのだ。
それが何より戦意を喪失させ、結局シェーンが折れるはめになる。
「はぁ。敵いませんよ、貴女には」
「まあシェーン様、顔色がよろしくありませんわ。直ぐ船内で体を休めては」
「そういう天然なところが苦手なんです」
シェーンはぴしゃりと言い放つ。
いつもなら軽く受け流すところだが、今のリナには正直そんな余裕はない。
なぜならこの航海が終われば、自分は人生における一大決心を告げねばならないからだ。
それはシェーンも知っていた。
だからこそ無理をして笑うリナが痛々しくて、見ているだけで心苦しくなる。
たった一人の女の存在が、ここまで聖王を苦しめるのは有り得ない。
けれど今現実で起こっていた。
「私は商船に行ったきりの覇王をいい加減連れ戻してきます。カイリ様、早々に船内へお戻りください」
シェーンは一つ溜息を溢し、あまり気が進まない商船へと足を向けた。
+++++
船内に入り奥の部屋に来たコウは、目の前で平然としている銀の男を静かに見詰めていた。
珍しくコウが無口なものだから、彼も少し気になったらしい。
「コウ。聞いているのか?」
「聞いてるわよ」
返事はするが、やはりどこか刺がある。
何か可笑しな事を言ったか、と考えに更けるリセイだが、一応思い当たる節は無い。
暫く沈黙が続いた後、コウが先に口を開く。
「リセイはさ、帝国人としてアムリアを連れ戻しに来たのよね」
「何を急に」
「さっきそう言ったじゃない。何よ、役目だとか義務だとか言ってくれちゃって」
頼りない少女の肩は左右に下がっている。
あんなに明るい顔も今は曇り、笑顔を見せる様子もない。
コウは溜め息を吐いて、ゆっくり寝台に座り込んだ。
それに伴いリセイも寝台に近づいたが、隣に座ろうとはしない。
彼はコウの俯き顔を見ながら言葉を紡いだ。
「なら、どうして欲しい」
「どうって、普通にして欲しいだけだよ。リセイは何時も他人と一線引いてるでしょ? 勿論私とも。それは仕方がないのかもしれないけど、せめて態度くらいは自然にして欲しい」
「態度に出せば俺の本心も周知になるぞ」
「だから、ただ私は」
今度はリセイの溜め息が漏れた。
彼は片腕をコウの腰に回し、体重を乗せて上体を後ろへ倒す。
寝床の板がぎしりと軋んだ。
「かなり無理をして抑えているというのに、自然体で振る舞えと言うのか」
寝台の上で男女が体を重ねるなどコウにとっては言語道断である。
昨夜のリセイの積極的な行動まで脳裏に過り、何とか逃れようと身を捩る。
「あ、あの、リセイ。この体勢は恥ずか」
「有りのままを求めたのは君だ。俺は、君を前にして何時もこうする事ばかり考えている」
彼の瞳は強く、そして哀しく揺れている。
「それでも俺の本心を晒せと言うなら、今ここで君を抱く」
コウに言葉はなかった。
自分の許容範囲を超え、唖然としていたのだ。
好きな人には何をされても大概許してしまうと言うが、こればかりは許すわけにはいかなかった。
「だ、だ、だ」
「抱く、と言ったんだ。いいな?」
「ちょっ、と待って。良くないに決まってるでしょう!? 何脱いでるの!」
平然と上着を脱ぎ捨てる仕草がまた優雅である。
コウはシーツを掻き集めてガードを張った。
「駄目よ駄目! 何考えてるのよリセイ、ここ船の中よ?」
「別に俺が構わないが」
「私は構うの! それに私、リセイの事好きだけど、でも、まだ」
「そういう風には考えられない。そう言いたいんだな?」
彼は大抵言いたい事のその先を言ってしまう。
口調では分かり辛いかもしれないが、リセイの表情は落ち着いていた。
怒ってはいないという事だろう。
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