[携帯モード] [URL送信]
37話 混沌の海《18》


 目をうろうろさせる私を気にせず、リセイは賢者を見据えた。

「貴方が来ていたとは驚いた、賢者ラグナティウス」

「そう睨むなよリセイ、別にアムリアを虐めに来た訳ではないさ」

 覇王のアムリアに対する執着ぶりは既に聞き及んでいた。だから今の執拗な接触行為も、ラグナは何ら不思議に思っていなかった。
 ただ、リセイの直属部下である騎士団員ユニスティアは少し複雑な顔をしていたが。

「それにしても……天下の覇王がそこらの商人と親しくしてるなんて、すっかり時代も変わったものだな」

「私と三つしか違わない筈だが、ラグナティウス。まあ仕方がないか、貴方は年の割りに苦労を重ねたから」

「お前には負けるさ」

 二人の会話を聞いていて、思う。
 いつか、帝国では司祭と軍人の仲が悪いと聞いたことがあったが、彼らはまるで友の様に話しているではないか。
 実際はもっと複雑なのかもしれない。

 ラグナは一頻り笑うと、今度はコウに興味を示した。

「精霊王アムリアか……思っていたより幼いが、見た目よりは考えているんだな」

「はあ……どうも」

 それ以外の返しが見つからなかった。

「ああそうだ、リセイお前シェーンに何か言ったそうだな。かなり落ち込んでいたぞ? 大方あいつがぐちぐちと小言を言ったからだろうがなぁ」

 ラグナは本当によく笑った。
 一見とても固そうで、正義やら道理やらを盾に論じたりする堅物と思える。
 けれど今、彼は一線引かずにいるではないか。商船に乗る異種民族を毛嫌いせずに、快く笑っている。
 彼をそうさせるのは、隣で自然に気を配る銀騎士なのかもしれない。

「シェーンって、誰?」

 これにはラグナが答えた。

「聖軍の有能な軍師さ。カイリの尾を付いて回ってる赤髪の青年が彼だ」

「はぁ、そんな人いましたか」

「居ただろう、記憶力が乏しいのかアムリアは」

 コウは即座にリセイを睨んだ。だが彼は「俺ではない」と首を横に振る。
 じゃあ今私を馬鹿にしたのは誰かと周囲を見渡すと、正に噂の張本人であった。

「あ、赤髪の青年だ」

「私にはシェーン=トライアントという名がある」

「私だってアムリアじゃいよ、コウだよ」

 赤髪の青年は眉をぴくりと動かした。
 リセイたちは二人の様子を面白そうに見ている。

「名前などどうでもいい。それより何か良い案は見つかったのか? アムリア」

「自分が先にこだわったくせに、なによ、同じ赤髪ならレッド先生の方が断然ましだわ」

 コウはぷいと顔を背けた。
 生意気な、と怒り震えるシェーン。しかし目の前に現れた黒色に視界を遮られてしまった。

 それは勿論、闇色のコートを羽織ったリセイである。彼の静かな威圧にシェーンは身を竦めた。まるで番犬である。

 端から見ればただのじゃれあいに、商人たちは驚いていた。

「帝国人ってのも色々いるんだな」

「ああ、もっといけすかねぇ奴ばかりだと思ってた」

 周りに居た商人たちも各々に頷き同意している。

「けど、リセイの旦那やこの賢者様は俺ら流れ者にも優しいし、そこの軍師も口は悪いが変に馬鹿にしたりしないしな」

 それを言うとたった今馬鹿にされた私はどうなるんだと、コウはぷっと頬を膨らます。本当の事だから言い返せないが。

「そう言ってもらえると嬉しいが、私は君たちの方が意外だった」

 賢者ラグナは笑顔を崩さず続けた。ユニスティアの顔にはどこか焦りが見える。賢者ラグナの続ける言葉を先に分かってしまったからだろう。

「いくら精霊王の側に付いたからといっても、この船の船長が自ら命まで差し出したんだ。船では船長に従い、それが全てだ。要を失って尚元凶と空間を共にするなど私なら考えられないな」

 言い終わった後、広間はしんと静まった。ユニスティアも「言ってしまった」と頭を抱えている。

 商人たちは誰も答えようとしない。こういう気まずい時に冗談だと笑い飛ばす唯一の人も……今は居ないのだ。

 船長は、全て。

 この言葉を理解するのにどれくらいかかっただろうか。コウは静かに目を這わすが、商人たちは口を閉じたままだった。



←前へ次へ→

19/173ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!