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37話 混沌の海《17》
 

「ラグナ様」

 ユニスティアが先を促す。

「……取りあえずこちらの意向を明確にしておく。先の戦いで君が成した業績はかなり大きい。そして既に風神の守護を得ているアムリアをそう易々と死なせたくはない」

 ラグナの後にユニスティアが続けた。

「そちら側の人間が一人犠牲になったと聞きました。ですが、もしそれが無駄となれば海の世界と戦う他ありません」

 ユーリックの事になった途端、コウは強く拳を握った。簡単に言ってしまう帝国人二人をカルロが嘲笑う。

『人間ごときが海王龍に勝てると言うのか?』

「勝算はない。が、みすみす殺されに行くよりは幾らかましだ」

 カルロと賢者の言い合いが段々と激しくなる。ユニスティアも止めようとするが、気が強い方でない彼女には無理な話だった。

『そう言っていても、いざとなればアムリアを見殺しにする連中が貴様ら帝国の人間だ。私は信用しない』

 清廉とした声は、今まで黙り込んでいたルーンだった。大きな鳥が突然言葉を発したものだから、帝国の二人も驚いて目を見開く。


「これは……?」

 そう言えば、今まで誰と話していたのか疑問に思い、ラグナはもう一度金髪の男を見た。冷静に考えれば、彼が人間とかけ離れた生き物であることは簡単に理解出来る。

「カルディアロスはね、樹の守護精霊なの。こっちの金鳥が風のフェザールーンよ」

 コウはなるべく刺激しない様に説明を加えた。後ろに控えていたユニスティアは大口を開けて驚きを表していたが、賢者はもう元の表情に戻っていた。さすが、と言ったところか。

「神が二人か……これはかなり身勝手な憶測なんだが。アムリア、君は水の神に会った事はあるのか?」

「水神とは、まだ」

「そうか……。ならば水神の鎮められている西国へ渡るしかないか」

 賢者ラグナの考えはこうだ。西国ラナースの水天宮に鎮められているとされる水の神の力があれば、少しは海界に関与できるかもしれない、と。

『水神の加護を得たとしても、それでコウが無事に海底から帰れる保障はない』

「あの……、一度話を中断しませんか?」

 凄く遠慮して挟まれた言葉は、カルロと賢者を同時に振り向かせた。言ってしまったと一瞬後悔するフェンだが、きりっと表情を整える。

「このままでは話が進みませんし、一先ず夕食を取ってからにしませんか?」

 コウが壁掛け時計を見ると、もう九時を過ぎていた。一体何時間こうして話し合っていたのか考えるだけでも嫌になり、コウは静かに立ち上がる。

 丁度その時、向かいの広間から、わっと声が上がった。コウが客間を出て向かいを覗くと、半開きの扉から銀髪の騎士の姿が見えた。

「何か朝から色々あって参ってたとこなんだよ。でもあんたが居てくれると何故か安心しちまうんだよな」

 商人たちが俺も俺もと銀騎士の背を叩いていた。
 コウは何故か、強い衝動に駆られたように走り出し、彼の背中に飛びついた。少し周囲がどよめいたが、リセイの落ち着いた対応に商人たちも慌てる事は無かった。

「まだ起きていたのか。もう寝る時間だぞ」

「眠れないよ。というか今日は寝ない」

 コウは今だ顔を埋めたままなので表情の一つ一つまでは分からなかったにしろ、リセイは彼女の不安を容易に感じ取った。

「寂しかったのか?」

 彼の言葉に無言で返す。すると、リセイは小さく笑った。顔を上げ、ちょっと睨んでみる。

「気が強いのも考えものだな。俺は素直な方が好みなんだが」

 商人たちの溜まる広間と、先程までコウが居た客間はすっかり開けていた。ルーンは客間に籠ったままだが、フェンや帝国の二人はカルロの後ろに付いて広間に足を運んでいた。

 コウは静かに彼の胸板に手を置き、人知れず男という単語を意識してしまった。





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あきゅろす。
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