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37話 混沌の海《16》


 カルロは先刻の東国飛竜を思い出していた。本当は真っ先にコウを庇うつもりであったが、咄嗟に体が言うことをきかなかった。これほど弱っていることに気付けなかったとは。

 そんな神妙な面持ちの樹神を、フェンは見詰めていた。これが──精霊の人型。精霊の王女コウを護り慈しむ古の神か、と。

「私ったら……変ね。彼女を大切に思う者は多いほどいいのに」

 同時に自分だけを求めてもらえない空虚さが、フェンに嫉妬じみた感覚を芽生えさせた。



 ちょうど、客間の扉が開いた。遠慮がちに顔を出したのはコウである。

「ごめんなさい、心配かけて……」

「ん〜……あ、お姉ちゃん!」

 声で起きてしまったテラが、コウを見るなり飛び出した。そのまま体にひっつき、ぎゅううと袖を握る。

『コウ、リセイは?』

 カルロが首だけをこちらに向けて聞く。

「一度軍の様子を見てくるって。すぐ戻るとは言ってたけど」

『そうですか』

 彼は視線を反らし、再び嵐を睨み付けた。

「カルロ、私が行って帰ってこられる確率はどれくらい?」

 必ずそうくると思っていたカルロは、初めは無視を決め込んでいたが、コウが諦めない事を悟り仕方なく結論だけを述べた。

『ほぼ確実に生きては戻れません』

「そう」

 案外あっさりした返しに不安が募る。まさか、勝手に覚悟を決めてしまったのか。

『馬鹿な事を考えるのはやめなさい』

「でもね、私、自分の出来る事は最後までやり遂げたいな」

『そんなことを許すと思っているのですか?』

「止めてもたぶん無駄だと思う」

『コウ!』

 突然の張り上げた声にテラが肩を震わせた。コウは彼女の頭を優しく撫で、フェンの元へ行く様に促す。テラは大人しく母親の傍に行ったが、心配性な親子はまたカルロがコウを叱るのではないかと不安げに眉を下げた。

『誰だ』

 突然、カルロがそう言った。ルーンは耳をぴくりと動かしたが、目は閉じたままで再び体を羽に潜めた。
 取りあえずフェンは扉へと進み歩く。
 だが、ドアノブに手をかける寸前で扉が開いてしまった。

 そこにいたのは、青の式服に身を纏った女性騎士と、常磐の髪色が魅力的な男。二人とも帝国の人間だった。

「取り込み中、よろしいでしょうか」

 女騎士は静かに問う。フェンは女性の灰色の髪に目を奪われていたが、はっとして後方のコウと樹神を見やった。
 コウは小さく頷いた。

「あの……では、どうぞ」

 フェンは二人を中へ誘導する。
 向かいの広間に居た商人たちは扉の隙間から二人の帝国人を見ていたが、その時フェンに叱られて大人しく広間へ戻った。

「はじめまして、皆様。わたくしは神軍騎士団所属のユニスティア=マードックといいます」

 女性騎士は物腰柔らかくお辞儀をした。灰色の細い髪がさらりと肩を滑り落ちる。

「こちらは、帝国賢者ラグナティウスです」

 ユニスティアは丁寧に自己紹介を済ませてゆく。賢者と呼ばれた男はカルロと似た金色の目をしていたが、彼のは少し土色がかっていた。たま

 賢者ラグナは座ろうともせず、淡々と話を進めた。

「突然申し訳ない。例の海王龍について2,3聞きたい事がある」

 ラグナの目は何故かコウを向いていた。蛇の様なしつこさと、誠実さが混ざった何とも言えない瞳がどこか恐ろしい。

「私の知る限りでなら、お答えします」

 ラグナはそうかと呟くと、近くの大椅子にコウを座らせ、自分は正面に立った。

「まず一つ、君は海王龍と知った仲なのか?」

「いいえ、海王龍の存在を知ったのは今日が初めてです。ただ、その使いとして来た海獣とは、前に一度会いました」

「そうか。ではもう一つ、海王龍は何を欲しているんだ? 人間の血肉か?」

「……恐らく、相当量の精神を欲しているのだと。何百年も精神の飢えに耐えてきた彼らは、もう限界らしくて」

 コウはリセイの言葉を思い出しながら答える。

「成る程な。念の為に聞いておくが、君が海底へ行く以外に最良の方法は……」

「ないと思います」

 迷い無く、そう答えた。

 それを知れば帝国側はアムリアを見殺しにするのだろうと思っていたが、ラグナティウスの態度は初めとなんら変わりなかった。


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