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37話 混沌の海《14》
 

 シェーンは燃える様な赤い髪を振り乱して覇王を罵る。
 しかし彼を責めることは出来ない。その意見は世間一般の考え方に等しいからだ。

「シェーン殿、今は落ち着かれよ」

 従者アークが静かに窘める。彼はシェーンの気迫のこもった睨みにも平然と耐え、主の傍に寄った。

「お、おい……あれは……」

 ちょうどその時、ある商人が船内から出てきた二つの影に気付き声を出す。
 現れたのは金神カルディアロスと風のフェザールーンだった。

『ヴァハディナラ共は一度引きましたか。全く人騒がせな奴らですね』

「……カルディアロス、それに風の神。訳を話せ」

 リセイの問いに答えたのは、金の男の方だった。

『訳とは……?』

「風の力が消えていること。それと何故今、海精霊に干渉しなかったかだ」

『干渉しろと言われても、ここにコウが居る限り無茶な事は出来ませんから。風については……説明の仕様が無いですが、とにかく今はフェザールーンを頼りに出来ません』

「何故だ、と聞いている」

『気早いですね。お前も見たでしょう、海精霊の悲壮な様を。これほど海の世界がこちらに介入することは滅多にありません。また、そうなればこちらの巡回者であるフェザールーンもかなり影響を受ける……海王龍が滅するかアムリアを諦めない限り風は抑止されたままでしょうね』

 カルディアロスの整斉とした姿と声が辺りを縛る。リセイも少女を腕に抱えたまま黙考していた。

『……』

 フェザールーンはカルロと違って人型をしていない。弱っていると言うよりは、無理に力を抑えているのだろう。
 ルーンはコウへ一心に目をそそいだ。だが、愛しい者の名を紡ぐことさえしなかった。
 風神はまるで時が満ちるのを待つ様に、何かを誘う様に自己を抑えている。
 その理由の全てをカルディアロスは知らないが、大体の予想はついていた。

 沈黙を破る様にカルロが言う。

『商人の男が帰らなければ、どうする気ですか』

 リセイは無言で居続けた。上手い言葉がなかったのかもしれない。

「あの、カルディアロス様。今はコウさんを休ませてあげませんか? このままでは……」

 意識が無いと言っても、大勢の視線を浴びたままではコウが居たたまれないとフェンは言う。
 カルロも一息つき、目を伏せた。

『次にヴァハディナラが来た時が最期。それまでに彼らをどう迎え撃つのか考えておくことですね』

 カルロはまるで人事の様に言う。
 その態度が周囲を不安にさせても、リセイにとっては有り難い言葉であった。
 何故なら、カルロがコウを傷つける事は万が一にも有り得ないから。その上で彼が冷静でいるのなら、最悪の場合でもコウだけは救える方法があるのだろう。

 リセイはコウを抱いたまま船内の奥へと進む。途中の廊下でアークが床に膝を付いて身を落ち着かせた。そこで主を待つことにしたのだろう。

 フェンはテラと共にカルロ達を客間へ案内し、商人も見張り以外は船内へ入った。



 刻一刻と時が経つ。

 漸く帝国船内の統率がとれたらしく、海精霊の騒ぎも小一時間で落ち着いたようだ。その頃の海は、生き物の気配が一切感じられない異様な情景となっていた。

「あら、雨だわ」

 客間で茶を注いでいたフェンが外の様子に気づいて声を出す。それに答える様にテラが窓に近づいてカーテンを掛けた。再び母親の元へと床を蹴るテラは、目の前の何かにぶつかって後方に尻餅を付いた。

 打った痛みに耐えながら上を見上げた時、テラは声を無くしてしまった。

 そこに立っていたのは、あまりに美し過ぎる金髪の美青年であったのだ。

「え、と、カリドル……ロス、さん?」

『カルディアロス』

「は、はい! カルディ、アロスさん、ごめんなさい」

 変なところで切るなと、カルロは眉を顰めた。

「テラ、お茶を運んで頂戴」

 暫くカルロの金目に見惚れていたテラだが、はっとして母親の元へ走り寄った。

 カルロは視線を窓の外へ向ける。
 清々しいほど晴れていた空が一瞬にして冷たい雨を降らすのは、これから先に起こる災いを示しているかの様である。

 椅子で身を丸める金の鳥に目を向けるも、彼女は一切口を開こうとしなかった。




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あきゅろす。
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