1:混沌の海03
フェンやテラはいけないものでも見てしまったかの様に顔を赤らめている。
一間置き、二人の間にリセイがずいと身を挟んだ。
「コウ、もう部屋に戻るぞ」
「い、いや。まだここに居たい」
「聞こえなかったのか。部屋に戻ると言ったんだ」
彼はコウの腕を掴んだ。
「ま、まぁまぁリセイ、ここは穏便に、な?」
慌ててユーリックが間に入るが、大した効力もない。
常に仲介役という損な立場に立たされる彼は苦く笑ってごまかそうとする。
当然、リセイはそれを無視してコウを強く引き寄せた。
ちょうどその時。
隣を行く帝国船が騒ぎ出したのだ。
それもただ事ではない様子で。
何があったと商人たちが探りを入れるが、帝国兵たちの動揺は一行に収まらない。
『あれは、まさか』
不意にカルディアロスが声を漏らす。彼は非常に険しい表情で空を見上げていた。
その先を追うと、澄んだ青空に一点の黒い影がくっきり浮かんでいる。
だが良く見ると、それは遊飛行する真っ赤な飛竜だった。
型からして東国の飛竜であることは間違いないだろう。
追尾されていたのだと言って荒れる帝国兵は、例外なく武器を取り出した。
皆、先日の戦に感化され、特に竜には敏感になっているのだ。
「勝手な行動はするな! 全員指定位置に戻れ!」
帝国船の一つを指揮する聖軍王カイリが声を張る。
聖軍兵は当然命令に従ったが、そうでない司祭や賢者側の兵士達はどうしても興奮を抑える事が出来ない。
頭を抱える軍師シェーンの姿が容易に想像出来る。
飛竜は旋回しながら徐々に下降し、やがて商船を目掛けて上陸を果たした。
飛竜を取り囲う様に現れた旋風がコウの髪を乱し、巻き起こった塵によって視界は遮られる。
後ろから支えてくれるリセイの手が無ければ今頃船床に寝転がっていただろう。
──風が収まった瞬間、震撼した。
精霊の王であるコウも、こんなに間近で精霊の竜種を見た事は無いのだ。
その赤黒い鱗や尖った牙は、他生物と明らかに違う。
きっと、竜種に恐怖したのは他の兵士たちも同じだろう。
居座る飛竜を何とかして倒そうと、帝国兵は揃って弓を構えたのだから。
「やめてっ、攻撃しないで!」
コウの叫びが木霊する中、一人の帝国兵が強く弓を射た。
彼自身もまさか手を放してしまうとは思わなかったのだろうか。
指先が震えていた。
飛竜の前に出たのは、琥珀の女。コウは無意識に飛竜を庇っていたのだ。
誰も動けないまま弓矢はコウの肩を掠め、飛竜の背に刺さった。
痛みに耐えられず出た飛竜の超音波は人間にとって毒であったろう。
びりびりと体に電気が走り、コウは耳を塞いで身を放した。
直ぐにリセイが手を差し伸べ、体を支えてくれた。
「無茶をするなと何度言ったら分かってくれるんだ、君は」
「ご、ごめんなさい」
さすがに今回は心臓に悪かったと、リセイは胸を撫で下ろす。
飛竜に矢を向けた兵士は取り押さえられ、その他の兵もただ周りの様子を伺う事しか出来なかった。
一時騒然とする船上で、コウは飛竜の傍に寄る。
途中リセイの止めが入ったが、大丈夫と微笑みを返した。
「ちょっと待ってて、傷を治すから」
生物に対する治癒効果は持っていないが、相手が精霊であればアムリアの得意分野だ。
掌に過剰の精神を集中させ、飛竜の形態に支障のない程度に分け与えてやる。
「ほら、ね、治ったでしょう? ごめんね、びっくりさせて」
飛竜は長い首をこちらに向け、クルルと喉を鳴らす。
潤んだ瞳に私を映し、暫く見詰め合った後、重い首を床に付けて服従の姿勢を取った。
難なく飛竜に言う事を聞かせてしまったコウに、「お見事」とユーリックが手を叩く。
その隣でフェンや商人たちが圧巻されていた。
「何? この紙切れ」
飛竜の首に文が括り付けられていた。
それを取って読んでみると、文はルクード王子のもので、「感謝する」とだけ書かれていた。
「王子って意外と律儀だなぁ」
よもや好意を抱かれているとは思わないコウは呑気にそんな事を言う。
優しく飛竜の首筋を撫で、コウは飛竜から2、3歩程度離れる。
「ありがとう。ルクード王子によろしくね」
赤い飛竜は特有の奇声を放ちながら大きな翼を羽ばたかせ、広い青空へと飛び立った。
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