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37話 混沌の海《13》


「やだ……っ、待って……ユーリック!」

「コウっ……!」

 リセイが止めるのもきかず、コウは船の先端まで駆け寄り下を覗いた。濃青色の海には海獣たちが浮かんでおり、ユーリックが潜ったであろう所に小さな渦が出来ていた。

「いや……いやあぁっ! ユーリック! ユーリックっ!?」

「コウ、やめろ!」

 そのまま海に落ちる勢いでコウは身を乗り出す。慌ててリセイが支えるが、手を放せば直ぐにでも崩れ落ちてしまいそうだった。

「う、そ……何で、何でユーリックが行かなきゃいけないのよ!?」

 身をすくませる程深い表情を見せる海に怒鳴り付けた。海の精霊はコウを一瞥したが、構うこと無く次々と潜っていく。

「待って! お願い……ユーリックを返して!」

『知らんな。我々は満足に力も出せん。全てあの人間のやったことだ』

『あの人間が死ねば望み通りお前を贄にしてやろう、精霊王』

 依然として帝国船を囲う海獣は群れていたが、それ以外の精霊はユーリックの後を追う様に海底へ向かう。
 そんな彼らを何としてでも止めたくて、コウは精霊王の声を放った。

『返しなさい……!』

 声に震えたのは精霊だけではなかった。ただ見ていることしか出来ない帝国兵士達も、威圧的な声に体を縮める。

 ヴァハディナラ達は一度立ち止まりはしたものの、ユーリックを救い出す意思はなかった。

『……何処でその“声”を授かったか知らんが、貴様の様な幼稚な精霊王の声など、我ら海の魔物には効かん』

『あの人間が言う様に上手くいけばいいがな。もしも無駄に終われば、今度こそ精霊王の命を奪いに来る』

 無理だとは思うが、と言葉を付け足して、魔物達は海に姿を隠してしまった。

 騒然とする帝国船、そして威嚇し続ける数多の海精霊。
 彼らの騒ぎ立てる様子を気に掛ける余裕など今のコウには無く、必死でユーリックの後を追おうと暴れていた。

「離してリセイ! ユーリックを助けるのよ!」

「……コウ」

 どんなにコウが泣き叫んだとしても、大嫌いだと罵られても、リセイは手を緩める気はなかった。

 最後に見せたユーリックの笑顔が全てを物語っている。コウを失えば、世界は終わる。少なくとも彼らはそう確信していた。
 だからこそ、ここで彼女を失ってはならない。何を犠牲にしたとしても。

「放して……っ、くれなきゃ、リセイを恨むわ!」

「構わない」

 コウの言葉は少なくともリセイの胸を突き刺したが、彼は決して顔には出さなかった。

「リセイ様」

 心配するアークの声を聞き、リセイはふうと息を吐いた。そして。

「……!」

 首に当てられた衝撃で、コウは意図も簡単に意識を放した。くたりと倒れる彼女の体を難なく支え、リセイは船室に向けて歩き出す。

 途中、シェーンとフェンが彼の行く手を阻んだ。

「リセイ様、どうなさるおつもりですか?」

 それはとても冷静な質問だったろう。今この状況で的確に指示を出せと、そうせがんでいるのだから。

「今の事を全てカイリに伝えろ。そして……我々神軍は全面的にアムリアを守護する、と」

「それは私達も同じです!」

 リセイの言葉に被せる様にフェンが叫んだ。心なしか、彼女の瞳は濡れていた。
 シェーンは呆れた物言いで口を開く。

「そう言うと分かっていましたが、聖軍と賢者が同意するかは分かりかねますよ」

「ああ、彼らに伝えてくれるだけで構わない。周りがどうであろうとコウを渡す気はないからな」

 飄々とする態度に、シェーンは声を荒げた。

「二言目にはそれですか!? リセイ様、私は正直貴方に失望しましたよ。海の魔物ヴァハディナラの言う事は最もだ。アムリアは世界の巡回者、全てを生み出し破壊するもの。女であろうと子供であろうと、その役目を負っているには変わり無い!」

 シェーンは興奮して口調が荒くなっている事にも気付いていない。
 リセイは彼の言葉に特別気にかけることもなく、やはり平然とコウを抱えていた。



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あきゅろす。
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