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1:混沌の海09


 コウは静かに目を閉じる。
 暫く精神統一を行い、その間にリセイ達が周りを制した。

 僅かにどよめく船の上。
 コウは深く息を吸い込み、吐き出すと共に目を開けた。

 水平線の彼方まで埋め尽くされた海の精霊が、何をするでもなく、ただ海に浮かんでいる。

 研ぎ澄まされた神経。その一つ一つを手繰る様にゆっくりと口にした。

『こんにちわ、海の精霊達』

 放たれた声は不思議な波長を持っていた。人の耳に心地よく、例外無く精霊を縛る。

『あなた方は何故私達の行く手を塞いでしまうの? 理由を教えて』

 コウは傍に居たリセイの袖を掴んだ。肩が少し震えている。
 海獣が恐ろしい訳ではない。
 アムリア独特の声を発するのは無意識に身体を疲れさせるのだ。

 リセイは優しくコウの肩を抱き、支える様に後ろに立った。

 そうして二人が同時に海を見据えた時、目の前に見覚えのある海獣が現れたのだ。
 彼は荒れた象肌を海水に浸したまま、船上のコウを見上げた。

『精霊王、随分と貴女をお探ししておりました』

 漸く見つけたと、その海獣は目を細めた。

「こんなに沢山の精霊が集まって……一体何があったの?」

 海獣と自然に会話をしながらも、正直リセイが傍に居なければ倒れてしまいそうだった。
 戦の疲れが出たのかもしれない。

『精霊王、もう貴女に頼るしかありません。ここまで来てしまってはどうにもならない……海の世界を救えるのは貴女しかいないのです』

 海獣の表情は変わらないが、声の調子は少しずつ低くなっていた。

「海がどうかしたの? どうにもならないって……とてもそんな風には見えないけど」

 コウは遠く果てまで海を眺めてみたが、いつもと変わらない美しい海の青が広がっていた。

「ねぇ、私精霊の事はまだ良く知らないの。もう少し詳しく教えてくれない?」

『……』

 しかし、いくら待っても海獣からの答えは無かった。

 すると黙り込む獣の左右に同じ様な海獣が現れ、荒々しく言葉を放った。

『精霊王は自然界の秩序管理者だ。今更その命の生き死を考慮する価値などない』

『その通り。精霊王の魂は廻る為に存在するもの。世界から力が消えてしまった今、精霊王の魂を自然界に還すのが道理だ』

 左右の海獣は口々に思うままを述べるが、コウには彼らの意図することが分からなかった。

「精霊王の魂? 廻らすって、あなた達は何を言ってるの?」

 真剣に問う私に、左右の海獣は声を揃えて言った。

『世界にはそれ相応の力がある。大地に、海に、大気に……力はそれぞれに分け与えられてきた。しかし人間が現れてから世界の秩序は狂った。我らの力を奪い、還すどころか一所に封じてしまった……』

 海獣の瞳は濡れていた。
 変わり行く世界で幾度も仲間を見送り、理不尽さに涙を流したこともある。
 全て、人間のせいだ。
 そう決め付けなければ生きてゆけなかった。

『徐々に力を奪われてきた海の世界は今、静かに終焉を迎えつつある。それを救えるのはただ一つ、精霊王アムリアの全精神しかない』

 言い終わると同時に、海獣は巨大な竜巻を起こした。
 それはコウを呑み込む勢いで向かって来たが、直ぐにリセイが庇い立てた。

 リセイはコウを抱いたまま船床に倒れ込む。
 仕損じた海獣は再び竜巻を造り上げたが、それは従者アークと護衛騎士が難なく防いだ。

「リセイ様、コウ様、お怪我は!?」

「大丈夫だ。あまり海獣を刺激するな。こんな船なんぞ一瞬で塵になる」

 護衛騎士達はびくりと肩を揺らした。
 代わりに従者アークが進言する。

「しかしリセイ様、彼ら海精霊の意味することは……」

「ああ、コウを餌にするつもりだ」

 馬鹿なことを言ってくれると、リセイは皮肉に顔を歪めた。

「私が、餌?」

 今一分からないコウは、リセイの腕に締められたまま彼を見上げた。

「そう、海の神に恵みをもたらす為に君の命を差し出せと言っている。そうだろう? 海の魔物ヴァハディナラ」

 ──瞬間、目も開けられない程の光が降った。

 今まで話をしていた海獣は鱗を緑や紫に輝かせ、巨魚の形へと変化してゆく。
 光が止み、再び海上に現れた海の獣達。その頭は獣、体は魚、尾は蜥蜴と、様々な生物が融合して出来た様な異形の姿をしていた。

「な、に? これ、さっきの海獣は?」

「これが彼らの真の姿だ」

 言いながら、リセイは額に汗を滲ませる。
 陸の上を悠々とのさばる人間とは違い、彼ら海の生き物は海と共に生き、海に還る。ここは彼らの郷土であり、格好の戦場でもあった。




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あきゅろす。
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