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1:混沌の海07


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 リセイが船室を出ると、甲板のあちこちで兵士達の動揺する声が飛び交っていた。

 海は何の変わりも無く見えるが、異常な揺れが起こったのは確かだった。
 冷静を装うどこかの兵隊長も、しきりに汗を拭いながら指示に当たっている状態である。
 これ以上の動揺を招かない様に奮起するも、何百人何千人と収容された大船では難儀なことであった。

 リセイは甲板に出てすぐの所でシェーンとアークを見つけた。

「アーク、現状は」

 シェーンは黒目を鋭くさせて挨拶をしたが、今まで膝を付いて身を潜めていたアークは素早く立ち上がり報告に向かう。

「は。商船、帝国船共に異常が生じた様です。現在各船長が状況把握に向かっています」

 言い終わると、アークは顔を近づけ静かに耳元で告げた。

「それとリセイ様、お気をつけ下さい。風が……消えました」

 アークは特別騒ぎ立てる様子もないが、口元を覆う布越しに危険を忍ばせていた。

「風が? フェザールーンは何をやっている」

 怪訝そうにリセイは上空を見渡すが、精霊の気配は感じられない。

 隣の船からはカイリの厳格な声が聞こえてくる。大軍の混乱を鎮めることは簡単にはいかないだろう。

「ユーリック」

 リセイに呼ばれて、船の先端に居る船長が振り返った。
 彼は暫く海を見詰めていたらしい。

「っとリセイ、もう出てたのか。流石早いな」

 今呼びに行くところだったと彼は笑う。

「いやー、船は正常なんだがな、何故か船が動かないんだ。船底に何か挟まったかな」

「どれくらいで回復しそうだ?」

「具合によるけど、まあ何とかなるだろ」

 ユーリックは仲間に協力を求めて修理具の用意をさせる。

「この海域で波も風も止むなんてことは無いんだけどな」

「ああ、寧ろ海流が無作為に変わって荒れる事が多い……が、おかしいのはどうやら天候だけではなさそうだな」

「え?」

 ユーリックの疑問に答えず、リセイは再び船室へ戻った。アークもまた、先程と同じ位置に座り込む。

 船内の廊下を足早に歩きながらリセイは呟いた。

「──風が、消えた?」

 風神フェザールーンの加護を受けたこの世界から風が消えることなど有り得ない。
 ならば故意に消したとしか考えられなかった。

「何故……」

 考えている間に一番奥の寝室まで来てしまった。
 取り敢えず先程の衝撃は何でもなかったと彼女を安心させてやらなければならない。

「コウ、入るぞ」

 返事は待たず、リセイは扉を開けた。寝室にはやはり不安気な顔をしたコウが居たが、予想に反して服装や武器の装備はもう済ませていた。

「リセイ、何があったの?」

「船の底板に何かが当たったらしい。今ユーリック達が修理に取り掛かっている」

 それなら良かったとコウは短剣を台に置いた。

 リセイは自分に向けられた少女の横顔を見つめ、そのまま視線を白い首筋に這わせる。少し力を加えれば簡単に折れてしまいそうな頼り無さを感じた。

「船のことはいいが、少し表に出てみてくれないか?」

 コウはどうして? と首を傾げた。

「俺の調子が悪いだけなのかもしれないが、精霊の気配がよく分からない。希薄と言うより、逃げた感じがした」

 ──そう、まるで強大な何かに脅えて姿を眩ます様に。

「分かった、出てみる」

 精霊に関する事ならやはり私が成すべきだろうとコウは再び短剣を手に取る。
 そうしてリセイに手を引かれ、再び甲板へ向かった。



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