1:混沌の海04
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大海洋の真ん中で、フェザールーンは風を感じていた。
姿は黄金の鳥人。
その二つの瞳は青い空と眩い太陽にも似ている。
彼女は風。世界中を巡る優さは、地上の全てを癒してしまう。空の見える場所は全て彼女の領域なのだ。
風の加護を受けたコウは、まず精霊王としての人格を得たとも言えるだろう
商船の甲板で両手を振るコウに気付き、ルーンは彼女の元へと羽ばたいた。
「ルーン、お帰り。散歩してたの?」
『はい、コウ嬢。あれは……東国竜だったのか』
「うん。でも危険じゃないって分かってたんでしょ? そうじゃなかったらルーンが真っ先に来てくれたよね」
ルーンは少し照れくさそうに、邪魔な翼を仕舞っていた。
「信じるのは構わないが、さっきの行動は無防備もいいところだ。ちゃんと分かっているのか? コウ」
「リセイ……」
コウはぐったりと首をもたげる。彼のお説教はいい加減聞き飽きたのだ。
「はいはい。ちゃんと分かってます」
「どうだか……とにかくあまり人目に触れるような事はするなよ。船内に入るぞ」
「心配性ね。大丈夫よ少しくらい。皆私なんかに構ってるほど暇じゃなさそうだし」
コウは口を尖らせてみる。
実際、隣を行く帝国船では先程東国竜がやって来たおかげで兵士達はかなり荒れていた。
「そういう問題では……」
「まま、いいじゃねぇかリセイ。大体お前ばっかりコウを独り占めしてずりぃぞ」
「ユーリック、誤解するなよ。私は帝国の外交を担う神軍長としてアムリアの保護に当たっているだけだ」
「ははぁ、権力を最大限利用しようって魂胆だな? 腹黒い奴だぜ」
「お前とは話が噛み合わない、商人ユーリック」
「お、珍しく意見が合うぜ、リセイ=オルレアン」
恐らく、ユーリックの方はかなり無理をしていただろう。強気な男共の対立に見えて、どちらが勝るかなど誰の目にも明らかな結果だった。
「これからコウを帝国に連れて行くんだ。その時になってからしきたりや国風を教えたのでは遅すぎる。来訪者に最善を尽くすのは神軍長の義務だ」
絢爛と光る深緋色の眼球は見るものを圧倒する。
ユーリックはごくりと唾を飲み込んだ。
『おいリセイ、教えるのはいいがコウ嬢に無理強いはするなよ。そんなことをしてみろ、私の手で終わらせてやるからな』
金の鳥人は不服そうに目を細めている。
「あはは、ルーンったら。後で散歩の様子を聞かせてね。カルロも、日射しが強いから客間に居たら?」
『ええ、そうしましょうか』
渋々船内に戻ろうとするコウを見ても、樹神は平然としていた。
リセイの言う事に彼も異存は無い様だ。
リセイは慣れた仕草でコウの手を取り、船内へと誘う。
コウは恩着せがましく言われて黙っているような人間ではないが、ユーリックと同じで、リセイの目力に負けたのだ。
自分の時とは違う、大人しいコウの様子に船長は文句たらたらだった。
これに根気強く付き合ってくれる人は、やはりフェンしかいないだろう。
「何が帝国の外交だ。何が義務だよ、堅物リセイの野郎が」
「まぁまぁ、仕方ないじゃない。実際彼は役目を果たさなければならない立場なんだから」
「けっ。分かってるよ」
「船長ったら……」
自分の思い通りにならず不貞腐れるのはいつもの事である。
だが彼は、数分もすれば立ち直っているのだから感服ものだ。
「うっし! 俺らも仕事するぞ!」
「ふふ、了解です。リーダー」
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幾つかの帝国船の内、聖軍船も東国飛竜に対し過敏な反応を見せていた。
軍師シェーンは何とか兵士を束ねるが、相当な苦労が表情に出ている。
「シェーン様、あの飛竜を返してよろしいのですか? こちらの航路が東国に知られると厄介な事になります」
兵士の中では比較的冷静な男が進言した。シェーンも稀有していたことだが、肝心の聖王が構わないと笑い飛ばしたのだ。最早自分の出る幕ではない。
「私はカイリ様のお考えを尊重する。飛竜は……攻撃を仕掛けてくる様なら撃ち落とせ」
シェーンはカイリに対する態度とは一変して厳格な軍師の顔を見せた。
不満があったその兵士も頷くしかない。
「シェーン、ここにいたか」
「……あ」
間違える筈もない。
まるで細波の様に耳に心地良いその声の主は、世界で誰よりも敬愛する聖軍の長、カイリ=エディンであった。
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