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1:混沌の海02


 朝から黒の上着に身を包むリセイは、それだけで闇を思わせた。黒にかかる銀の糸が日に当てられて輝いて、彼の端正な容姿を際立てる。

 リセイの背後にもう一人、黒服姿の男が控えていた。
 彼は見慣れない薄い緑色の短髪で、腰には仰々しい刀やナイフを忍ばせている。
 身のこなしも普通でなく、常に周囲に気を張りながら目配せしていた。

「お早う、アーク」

 コウに話し掛けられ、その男、アークは少し躊躇った。
 ここは精霊王アムリアとして敬えばいいのか、それともコウとして挨拶を返せばいいのか、と。
 アークは前者を選んだ様で、膝を付き、深く頭を下げて言った。

「コウ様、いえ、アムリア様におかれましては、ご機嫌麗しく」

 彼が言った途端、コウとリセイは同時に吹き出した。

「ちょっとリセイ、何笑ってるのよ」

「コウこそ、隠せてないぞ」

 笑いを堪えるコウに駄目出ししながらも、リセイは肩を震わせる。
 主人とアムリアの反応が理解出来ないアークは首を傾げた。

「あの、リセイ様」

「ああ、いや、済まない。馬鹿にした訳ではなくてな。そんなに畏まらなくてもいい」

「そうだよ、私はアークと壁を作りたくないし、っていうのは私の勝手な願いだけど」

 そう苦笑うコウに、アークは喉に出かかった言葉をごくりと呑んだ。
 自分もそうだと、何故か言えなかった。

 アークの繊細な心など全くお構い無しに、この場の空気も読めない商人達が、リセイに挨拶をかます。

「おお! リセイの旦那じゃねぇか! 今朝から色々大変だったみたいだなぁ」

「ああ、取りあえずは片付いた。暫く船に乗せてもらえるか?」

「おうおう! いつでも乗ってけ! 一緒に航海した仲間だしな!」

 下品に笑う商人の男達に対し、リセイは一切不快さを表さない。寧ろ友好的に話しかけ、過去のフレアン時代の詳しい事情も既に話している様子だった。

 フェンからすればとてもほほえましい光景なんだろう。彼女の顔がいつもに増して砕けていた。

「それよりコウ」

 と、リセイは急に顔を向けた。

「護衛も付けずに外に出るなとあれ程言っておいただろう。商船と言ってもすぐ隣を帝国軍が囲っているんだ、何かあったらどうする」

 やはりそこを突いてきたかと、過保護度が増した彼に溜息を吐く。

「大丈夫だよ。ユーリックやフェンもいるし、他の商人たちだって」

「訓練を積まない彼らには無理だ。昨日付けさせた護衛はどうした」

「えと、お部屋で眠ってマス」

 私の答え方が悪かったのか、リセイは深く追求しようと身を乗り出した。その時フェンが助言してくれなかったら、私は今頃大勢の中で羞恥を晒していただろう。
 抱擁か接吻か拘束か。考えるだけでも恐ろしい。

 その間ずっと、アークは主人とコウのやりとりにハラハラしていた。

「違うのよ、彼らを気にしてなかなか眠れないコウさんを見て、カルディアロスさんが手とうを」

 フェンは身振り手振りで就寝前の出来事を伝える。大概の事情を理解したリセイはふっと笑った。それは今までの完全な造り物とは違って柔らかな表情だったのだ。

 この気持ちは何だろう。もやもやした、あの時と同じ気持ち。
 西国へ向けての航海の時より、自分は成長した筈だ。力も、心も。
 これが後に痴話喧嘩へ発展するという厄介な感情かと、コウは慣れない感覚に顔を歪めていた。

 ふと、自分の影に新たな影が重なる。
 いつの間にか背後に立っていた金髪の男が心底眠そうに目を伏せている。血が通っているかは別として、彼は典型的な低血圧で間違い無い。

「おはようカルロ、どこ行ってたの?」

『ええ、フェザールーンと周辺の確認を』

「そうなんだ。で、ルーンは?」

『少し遠くまで行くと言っていました。それよりコウ、さっきから何を浮かぬ顔をしているのですか?』

 そうしてカルロは手を額に当て、熱は無い様だけれど、と心配そうに呟いた。

「何ともないよ?」

 カルロの真っ白な肌が眩しくて、同時に優しく感じて自然と笑顔になっていた。



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