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1:混沌の海01 


 風が、啼いた気がした。


 第1話 混沌の海


 帝国船五隻と商船が列を成して大海洋を突き進む。後に残る荒れた波泡は、広大な海に現れては消えた。

 東国を出発して一日が経った。
 東国から帝国へ渡るとなると大方潮の流れは逆行する。
 恐らく航海には数日かかり、帝国軍も帰路は十分戦の疲れを癒せた。

 空には清々しい青が広がり、天を覆う巨大雲も今日は何処かに隠れていた。
 乾いた風、潮の匂い、そのどれもが新鮮で、特別な吉事を予感しても何らおかしくはないだろう。

 商人達は溌剌として船を愛でる。早朝の床掃除に始まり、朝食後には各々仕事場に戻った。
 次の街で売り捌く品々の整理をしたり、どこかのオークションに出品される稀な骨董品について語ったり。中には剣の修行をする男もいた。

 それぞれが思うままに商人を続けられるのも、彼らの上に立つ船長ユーリックのおかげだろう。

「船長ー! この壺ジェノスで売っちゃってもいいですかー?」

 ある商人が宝物庫から顔を出す。
 甲板に居たユーリックは少し考え、構わないと笑って頷いた。

「ああ、それとセットになった陶器があるはずだ。それも出しておいてくれ」

「了解しましたー!」

 商人は再び宝物庫に戻ろうとして振り返り、「おっと!」と声を漏らす。
 誰かがそこに立っていたのだ。
 それは、眠たそうに目を擦る少女であった。

「おっ! 誰かと思ったらコウじゃねぇか。随分眠たそうだなぁ!」

 コウはこくりと頷き甲板に出た。
 射し込んだ煌めく朝の太陽。寝起きには眩し過ぎて余計に目を細めた。
 日射しの明るさに慣れてきた頃には、船長ユーリックが近くまで来ていた。
 彼の顔は中々意地悪なものである。

「よく眠れたか? お前が一番最後だぞ」

 ユーリックは声を出して笑った。
 不満そうにコウが苦しい言い訳をする。

「だって、昨日遅かったしお腹一杯で中々眠れなかったんだもん」

「可愛らしいこと言ってさ、似合わないって」

「なんだと!?」

 突然掴み合いの喧嘩を始める二人を手早く宥める女性がいた。彼女は薄茶髪を緩く後ろに束ね、柔かな印象を見せる。
 商船乗組員の一人、フェンだ。

「コウさん落ち着いて、船長も変にからかわないの」

「だってユーリックが一々突っ掛かってくるんだもん!」

「お前が寝汚ないのが悪いんだろうが! テラだって七時前には起きて朝食の手伝いをしてるぞ!」

 頭をぐりぐり撫でられたテラは「止めてよ船長ー」と鬱陶しそうに言っている。

「テラちゃんに何するのよ、この変態おっさんめ!」

「ああ? 俺の何処が変態だっていうんだよ!」

「趣味からして変態そのものじゃないか! 私を少年と間違えてあんなことやこんなことを……」

「って結局何もしなかっただろうが! 未遂だ未遂! 何なら今からでもいいぞ!?」

「いやよ! ユーリックの変態エロ商人!」

 コウが舌を出してユーリックを威嚇していると、後頭部に何かが当たった。

 振り返ったところに、長身の男の胸が。そのまま視線を上に上げ、飛び込んできた深い緋色の瞳に言葉も無かった。
 見事な銀色の髪を持つその男は、笑顔だが目が笑っていなかったのだ。

「お早う、コウ」

「おおおおはよございます」

 何をそんなに怯えているんだ、とでも言いたげな目を向ける男に、引き吊り笑顔をし続けるしかなかった。
 何故なら、彼の笑顔は余りに微笑みとはかけ離れた、絶対零度を漂わせていたからだ。

 銀の男はコウから視線を外し、後ろのユーリックを見た。
 否、睨んだのだ。

「な、何だよリセイ。そんな怒らす様なことはしてないぞ」

「怒る? 俺がか?」

 そんなまさかと、リセイは更に笑顔をつくる。

「感心していたんだ。いつの間に二人の仲が良くなったのかとな」

「え、そ……それは」

 銀の騎士はそのままの笑顔でフェンや商人達に挨拶をしている。

 その間、コウは何故か有無を言わせない彼の空気に呑まれていた。





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あきゅろす。
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