5:二次試験13 追いかけっこ
一先ずアモンの部屋へと向かった二人。
クリスは怒りと哀しみに翻弄されており、そんな彼女をいつも以上に優しく扱った。
「すまないアモン……取り乱してしまって」
「いいよ……少しは落ち着いたか?」
静かな声でそう聞かれ、大丈夫だと頷こうと思っていた。
なのに。
「……クリス」
クリスは紅い瞳いっぱいに涙を溜めて流れ落ちるのを必死で堪えている。悔しそうに唇を噛んで、その肩は少し震えていた。
「あいつらに何が分かるというんだ。リセイ様の苦しみの一握りでも知ろうとしなかったくせに」
クリスの言葉に小さく頷いた。
「リセイ様の父君も立派に国の為に戦った。なのにそれを反逆者扱いしたのは帝王の司祭共だろう!? リセイ様は何も悪くない、悪くないのに!」
「ああ……わかってるよ」
「なあアモン、何故人は悪を造りたがるんだろうな。どうして人を陥れる事しか考えないんだろうか、貴族共は!」
クリスの中に溜め込まれた怒りや不満やが一気に流れ出し、アモンはそれを紳士に受け止めようとしていた。
大きなもので彼女を包み込むように、震える彼女の背中をそっと撫でる。
「お前に慰められる様ではな、私もまだまだだ」
「いいんじゃない? たまには人に頼っても。いつも一人で背負い込み過ぎだからね、君は。それこそコウみたいにさ」
「コウ様と……私が一緒?」
「そう、二人とも何かあるとすぐ自分が犠牲にって考えるでしょ? 女の子なんだからもっと甘えていいのに」
コウの名前が出た事で重い空気が少し軽くなり、クリスの表情にも笑顔が見え始める。
こういう事はアモンの十八番。だが、それだけじゃない。彼の目に映るクリスがあまりに愛しく感じて、優しくせずにはいられなかった。
この感情は今日が初めてではない。今までだって何度彼女を抱きしめたいと思ったか知れない。
けれど、本心ではどう思っていても相手が嫌がるなら絶対に手を出さないでおこうと決めた。
それは意外にも臆病な教皇の知られざる真実の顔だった。
「私はお前を許したわけではない。我らを裏切って王族専属司祭になった事を許すわけにはいかない。だけどリセイ様はお前を信じている。それは判っている。だから、私もお前を……」
言葉に詰まる。
何度も伝えようとしたけれど、やはり許せないという気持ちと自分の力無さに腹が立って、上手く伝えられない。
「無理はしなくていいよ。許せないなら恨んでも構わないから」
己の傷など見向きもしない人だから放って置けないんだと、クリスの心中は騒いだままだった。
「少しだけ、分かったんだ。一所に囚われているだけでは真実は見えないということを」
まだ酔いが残っているのだろうか。いつになくアモンに甘えてしまうのは気のせいではないのだろう。
今までだって何度もアモンの優しさに助けられた。それは充分感謝している。
この気持ちがただの感謝で済むなら構わない。けれどそうではない事くらい分かっている。
「クリスちゃんがこんなに俺に甘えてくれるなんて愛を感じるねぇ」
「黙れ軟派野郎、私は寝る」
いつものクリスに戻ったようで、勢い良く扉を開け放った。
「おやすみなさい、クリスちゃん、よい夢を」
「永遠に寝てろ!」
扉が可愛そうなくらい強く閉められた音がした。
だが、元の元気な彼女に戻ったからだろうか、アモンは嬉しそうに笑っていた。
廊下でクリスが頭を抱えながら、不覚にも弱みを見せてしまったとに対して自己嫌悪に陥っているとも知らずに。
「本当に鈍いのはどっちか分かってるのか、あいつは」
誰も居ない長い廊下で、クリスはぽつりとそう言葉にした。顔は今にも泣きそうだ。頬を赤らめ涙ぐみ、今し方自分が怒っていた理由を思い返すと胸が痛んだ。
「リセイ様を悪く言う奴は許さない。だが、お前だって大勢から恨まれる立場なんだぞ……」
きっとアモンは調子に乗るから絶対に言えないが、いつからだっただろう。彼が一人で先々と進んでしまうから、私はいつも後を追いかけるだけだった。
走っても走っても追いつけない。彼はいつも余裕で私はそんな彼に追いつくことだけが支えだった。
甘えはいらない、辛くなんかない。その先で待っているあの人の姿を思い出せば。
第5話 二次試験[完]
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