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5:二次試験10 神軍と聖軍

 暫くして、救護室の扉が開いた。
 開けたのは桃髪の女性で、入ってくるなり薬を机に置き、フレアンの前に跪いた。

「何のつもりだ、マリア」

 フレアンは眠るコウから目を外すこと無く、決して優しくはない声で女性に問う。

「我が主なれば、当然のことです」

「今はフレアンだ。……まだ他人に知られる訳にはいかない。普通にしろ」

 床に手を付くマリアにとって今の行動が普通だが、これも命令なのだと考え、躊躇いがちに立ち上がった。

「コウ様に薬を……」

「必要ない」

 フレアンも席を立ち、柔らかい毛布を一枚、静かにコウに掛けた。

「体の火傷は治癒させた。今は熱も治まっている」

「そう……ですか」

 彼の言葉をすんなり受け入れたマリアは、不要になった薬を持ち、頭を下げる。

「後は私が残ります。貴方もお休みになってください」

「ああ、任せる」

 フレアンは依然として深く頭を下げるマリアの横を通り過ぎた。
 扉の前で振り返り、大人しく眠るコウに笑みを溢し、静かに部屋を出た。

 しんと静まり返った救護室で、マリアは肩を落とした。
 家臣として仕えると決めた時からこうなることは予想していたが、いざとなると足がすくみ、声が震えた。

「特別扱いして欲しいなんて……思い上がり過ぎね」

 そう自分を罵り、救護室の奥へと身を隠した。


 *****


 試験の後、日が落ちて辺りはすっかり暗くなり、時計の針が八時を指す。
 時報が鳴り終えると、アモンは机に貼りついていた体を起こし、大きく屈伸する。
 その様子を横目に、隣で筆を走らせていた女が眉をつり上げて言った。

「呑気なものだな、全く。まだ処理しきれてない受験者が百名以上残ってるんだぞ」

「そう怒らないでよクリス。俺の集中力は二時間もてば良い方だよ〜」

「ったく、使えん奴だな」

 クリスも筆を置き、珈琲をごくりと飲んだ。冷えた液体が喉を通り、顔を歪める。

「入れ直しましょうか? お嬢様」

「気持ち悪いぞバカたれ。……だがまあ、お言葉に甘えようかな」

 疲れた体は温かいものを欲していて、肩の凝りも酷くなっている。

 アモンは快く引き受け、カップを手に立ち上がる。
 奥の給水室に入り、芳ばしい匂いを漂わせた。

 クリスは首を後ろに持たれ掛け、ゆっくり目を閉じた。
 今日の出来事が鮮明に蘇り、朝の面倒な事務作業からコウの試験に至るまで、休まる時など一度もなかったと、思わず笑いが出る。
 ここまでして尽くすのは、機関の為などではなく、忠誠を誓った主の為。
 そして、時代に圧されず強く生きている小さな王女の為に。

「ミルクは入れないんだよね」

「ああ、済まない」

 入れたての珈琲を手に、アモンが隣に座った。
 脳を刺激する薫りが新鮮で、無条件に襲ってくる眠気も覚めた。
 クリスは香りを楽しみながら一口飲む。

「なあ、アモン」

 カップを台に置き、隣の彼に真剣な目を向けた。

「この報告書、どうする?」

 台の上に積み重ねられた書類の中から一枚取り、アモンの前に差し出した。
 その紙には受験者の名前や出身、試験の結果が詳細に書かれていた。
 一番上に記された名と、最後にあるランク表示を見て、アモンは皮肉に笑った。

「あれだけの運動能力を見せられれば、最上級ランクがつくのも当然かな」

「そんなことを聞いてるんじゃない。ランクが最上の人間は一番に引き抜かれる。コウ様の剣の技は確かに他を凌ぐが、本当に彼女を軍に入れるつもりなら私は許さないぞ、アモン」

 厳しく批判され、アモンは重く息を吐いた。
 再び紙に目を遣り、それを両手で持つと、徐に破いた。

 クリスはばらばらに散る紙切れを目で追い、声もなくアモンを見つめた。

「ほら、これで問題ないでしょ?」

「お前は……」

 クリスはただの紙屑になった報告書に視線を落とし、書類が紛失してしまったと言えばいいか、と適当な言い訳を考えていた。

 試験結果の整理が一段落したところで、アモンが気遣うように口を開いた。

「クリスちゃん、もう夜も遅いんだし早く寝なきゃ美容と健康によくないよ?」

「私の事はいいんです。それより貴方だってここ何日もろくに寝ていないでしょう。今日は早めに休んでください」

「クリス……ありがとう。君にそう言われると気持ちが楽になるよ」

「……私が仕事させてるとでも言いたいんですか?」

 そうじゃないよ! とアモンは必死で弁解した。クリスは「どうだか」、といった呆れ顔をしている。
 二人の言い争いに気が散ったのか、部屋の奥でチェスを嗜んでいた若い二人の騎士が会話に入ってきた。

「クリスさん、あんまり怒ると顔に皺がこびり付きますよ」

「何だとコラッ! って、ガイア……お前勝負の時くらい姿勢を正してやれんのか」

 一人掛けソファでゆったり足を上げて座っている男は、クスリと微笑みながら蒼い髪を掻き分けた。



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あきゅろす。
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