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9話 消せない過去

 今度の来訪者は、若い女だった。

「マリア=モールですね。何か?」

 新米教官が訪れる様な場所ではなかったが、議長はあえてその事に触れなかった。

「お渡しするのが遅れました事、御詫び申し上げますわ」

「……何の事かしら?」

 昼間に見せる無邪気な彼女とは打って変わって、マリアは黒い背景を負っていた。
 マリアは丁寧に礼をして中へ入ると、一枚の封筒を取り出し、議長に手渡した。

「……これは?」

「帝国からの密書に御座います」

 そんな事を淡々と言ってしまう彼女に、議長は更に戸惑う。
 渡された封筒を開き、中に織り込まれた上等紙に目を遣る。
 書かれた内容と、文面の最後に記された名を確認し、議長は視線をマリアへと向けた。

「……これは、本物ね」

「はい、正真正銘、帝国神軍総司令官リセイ=オルレアンの直筆です」

 マリアはにこりと笑った。
 だが、議長は笑顔にはなれなかった。
 これ以上追求するべきか否か、目の前に立つマリアの表情から必死に窺っていた。……が、それも無意味だと分かると、議長は溜息と共に立ち上がった。

 議長は書斎の机に座り、筆を取ると、こちらもかなり上質な紙にさらさらと何かを書き始めた。
 書き終わると朱印を押して、丁寧に折りたたみ、同種の封筒に仕舞った。

「……これを渡してもらえるかしら」

 差し出された封筒を受け取り、マリアはまた優しく笑った。

「ええ、必ず」

 他には何も言わず、足先を変えて出口へと歩き出す。
 その様子を見詰めていた議長だが、マリアが完全に出てしまう前に、先程から脳内を巡っていた言葉が突いて出た。

「あなたは誰なの」

 強制とも思えるその問いに、マリアは少しも表情を変える事無く、さも当然かの様に答えた。

「いやですわ、レスターフィルゼ=ヴァスカ議長。わたくしは帝国からの派遣教官マリア=モールですわ。それでは、失礼しますね」

 最後に明るい笑みを落とし、マリアは部屋を後にした。

 残された議長の脳裏には、今まで以上に強い疑念が浮かんだ。
 相当の権力者である議長の氏名を述べる者など先ず居ない。
 そして、明らかに自分は同位であると主張する様な態度。
 一教官では有り得ない落ち着きと、何より帝国軍総の密書を持っていた時点で既に普通ではなかった。

 それなのに、何故すんなりと彼女に返事を渡したのか。
 それはほぼ無意識でもあったが、何より帝国神軍の手抜かりの無さには感服する所があり、絶対の信頼を置いているからこそだ。
 そうでなければ、世界を揺るがし得る情報を易々と渡したりはしまい。

「我が一族、あの方と共に長き時を待った……。漸く降りたか……──アムリア」

 夜風が勢いを増し、周囲の木々を強く揺らした。
 木の葉の擦れる騒がしい音を聞きながら、深い底に沈められた想いを掬い上げ、時の満ちる日がそう遠くは無いと感じていた。





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あきゅろす。
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