28話 西の賢人
闇に乗じて動く影は、鬱蒼とした森の中を駆けていた。
その速さは目で確認する事が出来ない程で、まるで一瞬の内に通る風の様だった。
影はいくつかあった。だがどれも皆、腹や足から血を流していた。
影達はそれに顧みる事はなく急いで主の元へと向かう。
28話 西の賢人
漆黒の闇に銀色の月が架かる。
複数の影が吸い寄せられるように侵入した場所は、幾つか建てられた簡易テントの集合だった。
「……おい、どうするんだ?」
「どうするって……歌姫を殺れなかったのは思わぬ部外者が居たからだし、本来の目的は果たせたから……」
任務報告に悩む彼らはまだ若かった。十数年しか生きていない彼らは確かに殺し屋だった。
彼らは揃って一番大きなテントに入る。テントの中には両端に屈強な二人の男、その奥に高貴さの滲む少女が居た。
「……報告します、我が主」
影の声は震えていた。
無理もない。体のあちこちから血を垂れ流し、冷えた夜風に晒され体温も急激に低下していた。
加えて満足な結果を得ることも出来ず、言葉に詰まる。
「……もういい。手当てしてやれ」
彼ら影の様子を見て状況を察した少女は、横に控えていた白衣の老人にそう命じた。彼は一族で最年長だが、体格は若い者に負けず劣らずだ。
「ふぉふぉふぉ、派手にやられたな」
「申し訳ありません……」
少年達は上着を脱ぐ。改めて露になった損傷部は、見ているだけで痛々しかった。
「ネフィル様、こりゃちと治療が長引きそうじゃ。テントを一つ貸しきるぞい」
「ええ、好きにしていいわ」
答えを聞くと、老人は怪我をした少年達を連れてテントを後にした。
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主要テントから出て、隣の小さなテントへ移動した彼らは、中へ入るなり急に全身の力を抜いた。
「大分緊張しておったの。ぬしらはネフィル族長が恐いか?」
「いえ……決してその様なことは」
少年達は互いに見合い、しっかり首を横に振った。
「恐ろしい訳じゃないんです。ただ……」
「闇精霊と共存してきた我ら一族の長が、闇以外と契約していることが許せないか?」
老人の目は年老いたもので無く、厳かな気配を含んでいた。
「そ、それは……」
返事に困る彼らに再び優しく微笑みかけ、老人は手当てを始めた。
「ふむ、随分深いな。盗賊らにやられる筈も無いしのう」
「はい……盗賊とは違う、どこかの旅芸人が歌姫を奪還しに追いかけてきた様で……」
「ふぉふぉ! 旅芸人がの? それは面白い奴等じゃ!」
老人はおおらかに笑いながら消毒液を垂らす。少年は身を刺す痛みに僅かに唸りを上げたが、ぐっと堪えて目を閉じた。
「旅芸人は流れ者ばかりじゃ。特定するのは難しいじゃろうの」
老人の話を聞きながら、少年達は静かに頭を垂れた。
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