27話 歌姫 夕日を浴びながら丘を下り、ようやくクルーバード劇団の馬車に辿り着いたコウ達。いつもの動きやすい服ではないので、少々鬱陶しい。 「あのさ、セン。やっぱりこの服返すよ」 「どうして? そんなに似合ってるのに」 「ん、いいの、もう。私は私だから」 言葉の意味を今一理解できないセンだったが、それ以上の無理強いはしなかった。また着たくなったらいつでも来てね、と笑っていたが、その“いつか”がいつになるかは私やセンには分からない事だった。 それでもそんな約束をしてしまうのは、また彼女に会いたいと思っている自分がいるからなのかもしれない。 「今日の夜宴見に行くわ。センの歌楽しみにしてるね」 その言葉に、センは再び笑顔をみせた。つられて私も笑顔になる。すると先ほどから私達の様子を見ていた団長がぼそりと呟いた。 「あんたもいつもそうしてれば可愛いのによ」 「え?」 「いーや、何でも。彼氏と仲良くな」 ……何故そこで彼氏という言葉が出てくるのか判らない。恐らくフレアンさんの事を言ってるんだろうと思うけど。ああ、それにほら、センの表情がみるみるうちに輝いてきてるじゃない。この手の話が好きそうだものね、センは。 「それじゃあ私はこの辺で…また明日!」 「あ! コウ逃げる気ね!」 予想通りセンは食いついてきた。私は慌てて逃げ出す。しばらく走って距離をあけ、振り向いて追いかけてこないことを確かめる。さすがの彼女も諦めたらしい。私は足を止めて団員達に一礼し、その場から立ち去った。 夕日が山間に落ちる。 宿の前まで辿り着いた私は、一旦足を止めた。中へ入ろうか入らまいか、少し悩んでいた。何故なら「ちょっと外を見てくる」はずが、こんな遅くになってしまったから。 しかし立ち尽くす私を見て不思議に思った宿主が、扉を開けて声をかけてきた。どうしたのか、と聞かれても、答えようがない。他人からすればとても些細な事なのだから。 私は遠慮がちに宿に入り、あてがわれた部屋へ向かった。階段をあがり、軋む廊下を静かに渡る。部屋番号を確かめ、ドアノブに触れる……が、回せない。別に壊れているわけじゃない。単に私が回そうとしていないだけだ。 手を離し、もう一度部屋番号を確かめる。この部屋で間違いない。間違いないが……どうしても入る気になれなかった。 ――ガチャ 「コウ、いつまでそこに居る気だ」 「フ…レアンさん……何で分かったの?」 彼は小さくため息をついた。 とりあえず部屋の中に入り、適当な椅子に腰掛ける。フレアンさんは扉を閉めた後、少し戸惑いながら私の向かいに座った。微妙に距離をとらないで欲しい。余計に気まずくなるから。 一息ついたところで、飛び込んできたのは黄色の小鳥。ルーンは大層ご機嫌な様子だった。きっと自然に触れられて嬉しかったのだろう。 フレアンさんは私の帰りが遅くなった理由を聞かない。それは意外にも私を苦しめた。あまり私の事は心配していないのかな、と考えてしまう。信用されている……様には見えないが。 私は何も聞かない彼にやきもきしていた。 ←前へ|次へ→ [戻る] |