24話 荒海
「リーダー! 客人の朝食もって行ってくるぜー」
「ああ、頼む」
船内で食事中だったユーリックは、不意に声をかけられる。彼にそう言ったのはとある商人の男で、コウ達のために朝食を持っていくらしい。
急いでコウ達のいる客間へと向かった商人を、ユーリックは目で追った。
少し早めに食事を終わらせると、ゆっくりと立ち上がって商人の男に続いた。
24話 荒海
ユーリックの船に乗る事になったコウは、ユーリック以外の商人に対して、自分が精霊の王だという事実は隠していた。
知っているのは昨日の戦乱で甲板にいたユーリックだけだ。その他の船員は皆気を失っていたか船内にいたおかげで、甲板での出来事は公にはならなかった。
世界が精霊の王を無視することは出来ない。いずれは知れる事だろうが、今は隠しておくほうが無難だろうという結論に至ったのだ。
コウは昨日はずっと眠ったままだったが、今朝になってようやく目覚めた。
起きた途端にカルロとルーンが飛びついてきたのは言うまでも無い。
その横で、少し遠慮がちに微笑む黒髪の青年がいた。
彼はまだ私に姿を偽っている。私だって、それに気付いていない訳ではない。
だが、たとえ「フレアン」でなくても、彼は彼なのだと思えるようにはなった。
そうして今朝に至るわけだが、もう8時過ぎだというのに朝食はまだ運ばれてこない。コウは空かせたお腹を擦りながら、何か食べ物をもらいに行こうと客間のドアノブに手をかけた。
ガチャッ
「! っと、コウちゃん、おはよう」
「あ、びっくりした……おはようございます」
ドアが突然前方に開いたため、バランスを崩したコウの体を支えるように、入り口にいた男が抱き止めた。
彼は初めてこの船に乗ったとき、よく話した商人だった。何も躊躇いなく「おはよう」と言われたので、私も返事をした。
――が、早く手を放して欲しい。
「コウちゃんて、やっぱり全然男に見えないよね。何で気付かなかったかなぁ」
「あ、あはは。簡単に気付かれたらこっちとしても困りますから」
「んー、可愛い」
「えっ!?」
急に男の顔が近づいてきて、慌てて相手の体を遠ざける様に手で押しやった。
だが、あまり効果がなく、男の腕を振り払うには至らなかった。
(なになになになにっ!?)
男の突然の行動に理解できず、頭の中で何が起こっているのか整理する時間すらない。そうこうしているうちに。
べしっ。
軽く叩いた様な音がして、目線を上方に上げる。すると、男の額に誰かの手が当たっていて、男の顔を遠ざけようとしているみたいだった。
ぐいぐいと頭を後ろに押される男は、何も言葉が浮かばないようで、なすがままにコウの体を離した。
私は男の魔の手から逃れ、ほっと一息つく。そして、男の顔をおもむろに押しやった手の主を確認する。
「フレアンさん、ありがとう」
にこにこと笑うコウとは正反対に、黒髪の青年は非常に険しい表情であった。
そんなことはお構い無しに、私はひたすら笑いかける。すると、そのうちに青年の表情も柔らかくなった。気抜けしたのだろう。
「コウ、まだ回復しきってない体で出歩くな」
「えー、大丈夫だよ」
「君の大丈夫は全然あてにならない」
「ひどいっ!」
廊下に押しやられた男を無視して会話を進める二人。男は居たたまれない気持ちでいっぱいのようだ。
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