20話 港町リノア
20話 港町リノア
南大陸は左側が欠けた三日月の形をしている。大陸の中央少し上に自由都市ティレニア、その東側にフィナの町、西側には平原が広がっていた。
その平原をまっすぐ西に向かうと大陸の玄関と称される港町に辿り着く。
この街の通行門はかなり大きい。材料は鉄を用いているようだが、重々しい門とはうって変わって中の様子は賑やかな明るい町だった。
町の入り口に差し掛かると門番に声をかけられたが、フレアンが何かを渡すと簡単に通行の許可が下りた。
「ここが、港町リノアか」
沢山の店が規則的に並ぶ。商店街と似ているが規模は半端なく大きかった。百や二百は余裕で越えている。どの店も同じではなく、それぞれに個性が感じ取れた。
馬はここで置いて行くらしく、降りる様に促された。コウは馬の顔を優しく撫で、話しかけた。
「ここまでありがとう。元気でね」
馬借の人間はその様子を不思議そうに見ていた。
「コウ、行くぞ」
フレアンに呼ばれてすぐ駆け寄った。
彼の隣に並んで歩きながら、街の様子を逐一観察していると、ふと興味を引くものがあった。
「どうかしたのか?」
そう聞いたフレアンだが、答えもなくコウは何処かへ走って行ってしまった。
「はぐれたらどうするんだ、全く」
やれやれと溜息を吐きながらもフレアンは彼女の後を追いかけた。
「あの、可愛い精霊ですね。水種ですか?」
コウは魚売りの男に声を掛けた。
突然見知らず人間に話しかけられても動じないのが港街の人間だ。
「おう、こいつは俺の契約精霊だが……あんた、見えるのか?」
「ええ、まあ」
「そりゃ凄いな! あんたエレメントの才能あるよ! あんたの契約精霊はどんな種類なんだ?」
勘違いを正す為に首を振って契約精霊は居ないと答えると、男は更に驚いていた。
「ははぁ、いやま、人それぞれだがな。でも、精霊を見る力ってのは天性のものだからなあ、勿体ねぇよ?」
何でもいいから精霊を使ってみろと言われ、最早苦笑うしかない。
コウはその場にしゃがみ、桶でせっせと水を操る小動物系の精霊を見詰めた。
すると精霊は動きを止め、じっとコウを見ていた。
「おい、どうした? その嬢ちゃんが気に入ったのか?」
男は愉快そうに笑いながら精霊の頭を撫でた。
それでも精霊は私から視線を外そうとしない。
「おいおい珍しいこともあったもんだな。こいつはな、家族以外の人間には中々なつきゃしねぇんだ」
不思議そうに首を傾げる男をよそに、私は精霊に話しかけた。
「ここに居て楽しい?」
『……』
「幸せ?」
「……嬢ちゃん何言ってるんだ? そいつはしゃべったりなんかしねぇ……」
男が笑いながら止めようとした。だが声こそ無かったが、精霊はしっかりと頷いたのだ。
「そう、そっか。よかった」
コウは小さく笑った。ほんの少しの幸せを、全身で感じる様に。
そして今度は男を見上げた。
「おじさん、今の生活は幸せですか?」
「あんたも妙な事ばかり聞きたがるな。ま、本当に弱い精霊だが俺らにとっては家族同然なんだ。今のこの生活が一番幸せだ」
男は誇りを胸にそう断言した。
「そうだよね、暮らして行くのに強い力は必要ないものね」
コウが呼ぶと、水の精霊は警戒しながらも傍に来た。
「ねえ、この樽の水を増やすのね?」
『キュ』
肯定ととれる返事が聞こえた。
コウは樽に手をかざして精神を集中する。
すると水の精霊が薄く光り出した。
魚売りの男はただ見ているしかなかった。余りに信じられない光景だったろう。精霊自体はかなり微弱なものだが、コウの手から放たれる温かな光に照らされた途端、精霊が濃い蒼色へと変色し、漲る力を発散させたのだ。
その一瞬で、大きな樽には目一杯の水が溜まった。
男は開いた口も塞がらない。なんとも信じ難い。今の増幅作用は何の力によるものなのか、理解出来ずにいた。
「こりゃ、ぶったまげた。あんたみたいなのを精霊の女神様って言うんだろうな」
「精霊の女神様?」
「おう、そうさ。昔から港町では海の王と陸の王が世界を動かしてるって言い伝えがある。王達の恵みの神を女神様と言って今でも信仰が残ってるんだよ」
すると水夫は歌い出した。どこかの民謡か、それともその日の生活を歌にしたものか。力の湧いて来る不思議な歌だった。
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