19話 旅の始めに
神妙な空気が漂う。これが自分の迂闊さから生じたもの、と罪悪感にまみれる。そんなコウに気付き、フレアンは感情を抑えた。
「すまない、今すぐ必要な事でもないしな。また改めて聞くことにしよう」
その身の引き際が絶妙だったのか、カルロは少し驚いている。もちろんコウも。
「あっと、そうだ! さっきダイスさんから良いものもらってね」
この空気を壊したい!そう強く思い、コウは無理矢理話を変えた。
『良いものですか?』
「うん。じゃーん! かわいいでしょ」
コウが言ういい物とは……何の変哲もない、取っ手付きの籠。軽く蓋も出来る所は優れものだが。
『それの何がいいんですか?』
「冷めてるなぁ。これはルーン専用籠よ」
『……は? ルーンの?』
カルロはその籠の利用価値が判らない。それはフレアンも同じ気持ちだった。
「長い旅になるから、ルーンが寝る場所も必要かと思ってね」
『あれは精霊です。そこまでする必要ないと思いますが』
「ルーンが大衆苦手だって言ってたでしょ? この中に居れば気分的に少しはマシかなーと」
コウ達の話を聞いていたルーンは、コウの元にすっ飛んでいった。いきなり正面に現れてびっくりしたが、ルーンはとても喜んでいるようだ。
『コウ嬢、この様なお心遣い……』
「喜んでくれたみたいで安心したよ」
『コウ嬢――!』
ルーンが胸にしがみつく。よしよしと頭を撫でる。
『これが古の神とは情けない』
「カルロ! そういう事言わないの!」
『しかし』
カルロは不服な様子。けれど、彼もルーンの事を気にはしていたのだろう。それ以上言うことは無く、扉の方へ飛んでいった。
「コウ、そろそろ」
「あっはい! ルーン、籠に入ってていいよ」
ルーンはスッと籠に滑り込んだ。それを確認して、マントとセーレン・ハイルを手に取る。
「そんな軽装で大丈夫か?」
「うん! だって持っていくものないし」
フレアンは指摘したものの、確かにそうだな、と思い直した。
そうしてコウに近寄り長めの布を渡した。
「これ何?」
「それで剣を隠しておいたほうがいい」
「あ、そっか。こんなの持ってたら物騒だもんね」
お気楽思考のコウは、素直に彼に従った。
確かに物騒だという理由もあるが、フレアンの意図するものは別の所にあった。
セーレンハイル。
これは既に何度も大衆の中で使用していた。魂の救いとも言われるその剣は、精霊の王の為のもの。
ここにいる見習いや軍人達はそんな事は知らない。だから今まで何の問題も無かった。
ティレニアは国の機関と離れた部分にある。ここにいる生徒や教官は隔絶された中で生活する。
逆に言うと、他の侵入は絶対に許されない。つまりここの生徒達は絶対的な庇護の下にあるのだ。
コウの存在がまだ世に知れ渡っていないのは、そのおかげだ。
だがこれからは違う。
ティレニアを出て他国へ渡るなら、それなりの争いは覚悟しなければならない。セーレンハイルの意味を知っている人間など大勢いるのだから。
少しでも危険を避けるためにも、セーレンハイルの多用は控えた方がよかった。
フレアンの提案はそこまでの事を考慮した上でのものだった。
←前へ|次へ→
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!