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19話 旅の始めに


『それとも、何か気になる事でも?』

「ああ、ちょっとな。カルディアロス、お前はこれから先ずっとコウの傍にいるんだろう?」

 カルロは少し間をおいて、いつも通り迷い無く答えた。

『ええ、言うまでもないですが、それが何か?』

「お前がどれほどの力を持っているのか、その際限を俺は知らない。だが、それは確実に人間界に影響をあたえる物だ。違うか?」

『気付いているか。侮れませんね、帝国の闇騎士は』

 珍しくカルロが褒め言葉を言う。それをフレアンが「褒め言葉」と受け取ったかは知らないが。

「今までのようにはいかない。それはコウが精霊の王だから。彼女が前へ進もうとすればするほど、お前の存在も危うくなる」

『それはコウの所為ではありません』

「だが事が起こってしまえば傷つくのは彼女だ。コウは必ず自分を責めるだろう」

 軍人として、また古の神として生きてきた彼らは、常に危険の中にあった。それを回避するための方法もよく知っている。

「コウが狙われれば、お前は迷わず力を使う、絶対にな」

『私の力を封印する気ですか?』

 フレアンはくすりと笑う。いや、この時はリセイに戻っていたのだろう。
 カルロも自然と真剣な表情になっていた。

「お前の本当の力は元々封印してあるだろう、そうではなく精霊の力を制御するだけだ」

『この上更に? コウに何かあった時どうします』

「コウは十分強い。だがもし彼女が対処しきれない問題があるなら、俺が処理すれば事足りる」

『私がいらないと言いたいのですか?』

 愛らしい動物は込み上げる怒りに顔を歪めた。丸い目で睨まれても恐しくは無いけれどかなり違和感が残る。

「そうじゃない、本当に必要なときに手をかせばいいと言っている。お前は精霊だ。王の身に少しでも何かあれば無意識に体が動く。その隙を見逃すほど東国や西国の騎士も馬鹿ではないよ」

『西国まで出すという事は世界中で色々と怪しい動きが目立つようですね』

 カルロは彼が何を言いたいのか分かったらしい。

 樹の守護精霊カルディアロス。彼は十年前にも一度力を発揮した事があるが、その時ただ一度の奇跡が戦争の被害の全てを拭い去った。
 燃えつくされた森も、死体で腐食した大地も、疫病で荒れ果てた村も、戦争の傷痕として残された痛々しい歪みは樹の力により再生したのだ。

 もし、この力が政治の道具として使われてしまえば、敗者には恐ろしい天罰が下る事になるだろう。

 カルディアロス自身はそれを望んでいない。
 だからこそ世界から存在を隠す必要があった。

『貴方の言いたい事は分かりました。ですがその様に便利な物がありますか?』

「ああ、以前知り合いからある物を受け取ったんだ」

 フレアンは懐から何かを取り出した。テーブルに置かれた物は小さな青色のアクセサリだった。ピアスの様にも見えるが針が無い。ボタンの様にも見えるが糸を通す穴も無い。

『これは?』

「西の大魔導師が発明した物だそうだ。ブルーレース、と言っていたな。精霊の力をかなり制御出来るらしい」

 カルロはそれを不思議そうに手に取った。彼も知らなかったのだろう。当然と言えば当然で、カルロは大昔の事は知っていても最近の事はあまり知らない。
 文化は進んでいくものだが、その速さについていけていないのだ。それを年寄り扱いすると怒るが。

「精霊が自分でつけても効果は無い、何かのエレメントを持った人間が付けるとそのエレメントを媒介に作動するそうだ」

『そうですか。では貴方に世話になるのですね』

「そうだが、そんな嫌そうにするなよ」

 目の敵にしていた相手の施しを受けるなど彼のプライドが許せない。けれどそれも果てはコウの為。そう言い聞かせ、カルロはブルーレースによる力の制御を甘んじて受けた。

 フレアンが手を翳すと黒い空気が充満し、闇精霊の力を媒介にカルロにブルーレースを取り付けた。人目には付かない耳の後ろ辺りが僅かに光っていた。

「何か変わった所はあるか?」

『ああ、そうですね。これはちょっと……』

「何だ、そんなに苦しいのか?」

『……疲れますね』

「そうか、しばらくは我慢しろよ」

 その後コウが帰って来たが、平静を装う二人に逆に違和感を持って何事かと尋ねた。
 だが、二人には何を聞いても『何の事ですか?』とか「早く支度しろ」という答えしか返ってこなかった。



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