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19話 旅の始めに


 奮起する少女とあくまで冷静な青年は正面に立った。

「別にいいだろう。俺は一切手を出していないぞ。そんなに責められる事をした覚えは無い」

 寧ろ褒めて欲しいくらいだと彼は呟いた。

「手を出すって……当たり前でしょう! 何かあったら大問題だわ!」

「何をそんなに剥きになっているんだ。一晩くらい問題ないだろう」

「そういう事を言ってるんじゃなくて……もうっ、あなたに乙女心なんか分かんないわ!」

 たいそうご立腹のコウには何を言っても裏目に出そうだ。
 こんなに溜息の多い朝は生まれて初めてだと、フレアン乱れた服を正していた。

『コウ嬢、どうかしたか? まさかその野朗が血迷った真似を……』

「してない、してない」

 これでもかというくらい眉間に皺を寄せたルーンを制すると、不思議と冷静になれた。ふわりと飛んで来る小鳥を受け止め、自分が折れるしかないのだと眉を下げた。
 そんなコウに、フレアンも広い心で接した様だ。二人の間に流れる空気が変わった事にダイスは気付いていた。

「……ごめん、言い過ぎたかも」

「全くだな。だが、まあいい。俺がちゃんと君を起こしていればこんなことにはならなかったんだしな」

 と言いながら、昨夜のコウを思い返すとそれも無理そうだったなとフレアンは苦笑した。
 滅多に見られない彼女の一面を拝めただけでも幸運だったということにしておこう。それならパンチの一つや二つ、我慢も出来る。

『コウ嬢、万が一にも間違いなど起こらないぞ。私が一晩中見張っていたからな!』

 ルーンは得意げになって声を張り上げる。

「一晩中? ルーン寝てないの?」

『精霊に睡眠など必要ないぞ。ま、フレアンは暗いと言っても人間だから徹夜はきつかっただろうがな』

 ルーンは何処か優越感に浸っている。彼女の話を聞きながら、私はふと疑問を持った。

「フレアンさんも寝てないの?」

 言うと同時に彼の顔を覗いてみたが、鮮やかに反らされた。
 横顔では分かり難いが確かにフレアンの額には汗が流れていただろう。

「……私と一緒じゃ寝心地悪かった?」

 そんなまさか! と答えそうになって我に返る。
 お世辞にも魅惑的な体付とは言えないが、コウの細く白い腕は何とも心地よさそうだと思うし、満足ではないが膨らんだ双方の丘は女性の柔らかさを感じさせた。
 そんな彼女の体を一晩抱いておいて、寝心地悪かったなどと冗談でも有り得なかった。
 だが、フレアンは口を閉ざした。
 理由は勿論、奥手な彼はその手の話しに疎いということだった。

「そっか」

 何とも哀しそうな顔をして、コウは顔を洗いに部屋を出てしまった。
 弁解しようにも、どさくさに紛れて変態的な事まで言ってしまいそうで踏み出せなかった。

「……はあ、駄目だな」

 フレアンの口から再び溜息が漏れた。
 どんな仕事もそつなく優雅にこなしてきた自分が最も苦手な分野は、気になる異性への対応だろうと確信する。

 悶々と考え込むフレアンだが、この時カルロの熱い視線に気付いた。

「カルディアロス、起きていたのか」

『あれだけ騒いでおいてそれはないでしょう』

 ダイスもコウに付いて行ってしまったので、この天の間には彼ら二人だけだ。この状況は前にもあった。

「大体な、普通はもっと可愛らしい反応をするだろう。それなのに何だあれは。ひゃあって、化け物か俺は」

『……さぁ』

「頼むからもう少し真面目に答えてくれ」

 寝起きの悪いカルロは、朝は二割り増しでドライだ。
 それは何日も一緒に寝ているコウなら知っていて当然だが、昼間か夜にしか会っていないフレアンならカルロの態度に少し傷ついても当然だった。

「お前も行くんだよな、カルディアロス」

『当然でしょう。行かない理由がありません』

「そうか……」

『大人しいと暗すぎて姿が見えなくなるので止めて下さい』

「幽霊扱いは止めてくれ」

 カルロはフレアンにはよく突っかかる。別に嫌いなわけではない。勿論好きということでもないのだが。



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