16話 騒動
コウの視線が痛い。
もうすっかり服装の事など忘れている様だ。
そしてカルディアロス、お前だけはいつか必ず海底に沈めてやろう。
「待て、コウ。今カルディアロスが言った事は──」
「ふうん、そうなんだ。フレアンさん、沢山の色んな女の人と踊ったりお話したりするんだね」
「いやだから、それは誤解なんだ」
『私は嘘は言っていませんよ』
カルロの厳しい言葉が入る。
こんな時に要らぬことを言わんでいいと、フレアンは鋭い視線を送るが、絶対にこちらの言う事など聞きそうになかった。
別に、言い訳をするようなことでもない。やましい事など一つもしていないのだから。
社交パーティーなど上流階級の人間にとっては当たり前。女性をエスコートするのは当然で、時には面白くもない世間話を散々聞かされる。
普段ならそんなこと一々気にしない。
だけど、どうしてかコウには知られたくはなかったと、この心が騒いで止まなかった。
「社交界ではよくあるんだ。君が気にする様なことではない」
「確かに私には関係ないかもしれないけど、軽い男って思われるかもよ」
コウの「私には関係ない」の言葉が、フレアンの何かを狂わせた。
「相手が女性だろうとなかろうと、義理を尽くすのは騎士として当然のことだ。それが己の価値を下げることだと私は思わない」
「……」
言い終えた後、フレアンの脳裏には後悔の一言が浮かんだ。
今の自分の発言で、コウの表情が深く沈んだのは明らかだ。
言い訳がましく繕うのは逆効果だし、取り敢えず何を言っても聞いてくれそうにない。
フレアンが口を開いて何かを言おうとしたが、先にコウが声を出した。
「別に悪いなんて言ってない。ただ私はそんな人に好感持てないってだけ」
フレアンは思う。
これは相当怒らせたな、と。
端で飄々としているカルロに目もくれず、フレアンは身を乗り出した。
「いや、そんな事を言いたかった訳ではなく……」
「もう、いいよ」
今の言葉で話は完全に途切れた。──はずだった。
だが、先ほどから反らされたままの視線が不安を煽り、フレアンは通常予想もつかない行動に出た。
「──いたっ!」
フレアンに両肩を捕まれ、間接が痛々しく軋んだ。
コウは顔を歪めて拒絶を示す。
「は……離して!」
「こちらを向け、コウ!」
何に対してこんなにも執拗になっているのか、自分でも分からない。
ただ体は自由を奪われて、痛がっている彼女の姿に更に興奮した。
「話を聞け!」
「だからっ……もういいってば!」
普段は見せない二人の強情な態度に、カルロとルーンは驚き声も出なかった。
拒否しか紡げないのなら、その口を塞いでしまえ。フレアンの中にその様な指令が下された。
「──コウ様に……フレアン殿、どうかされたのですか?」
不意に投げられた声に、フレアンは正気を取り戻す。
そっとコウから離れ、まだ熱の残る両手を固く握った。
痛みから解放されたコウは、肩と心の痛みに耐えながら素早く駆け出し、壊れかけた扉の傍に立つ執事ダイスの腕に飛び付いた。
「……コウ様?」
「……」
コウからの返答はない。
不信に思ったダイスは、寝台の横で立ち尽くす青年を見た。やはり彼も普通ではなくて、悲壮な表情を浮かべている。
何かを察したダイスは、右手に持つ二つの紅茶に目を遣り、左手でそっとコウの手に触れた。
「温かい紅茶をお持ちしましたから、これで少し落ち着けましょう」
そう言うと、ダイスはごく自然にコウの手を取り、中央テーブルへと誘った。
あんな風に彼女を大事に扱いたいのにと、フレアンは悔しさから目をつむり、視界からダイス達を消してしまった。
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