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30話 帰郷03

「ただ今戻りました」

 カナリアが門番にそう言うと、大門は軋みながら重々しく開いた。その先には既に何人かの出迎え係りが一列に並んでおり、サラの姿を確認すると深々と頭を下げた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ、ただいま。皆元気そうでよかったわ」

「勿体無きお言葉……さぁサラ様、荷物をお持ちしましょう」

「ありがとう」

 サラは慣れた様に荷物を手渡す。そしてカナリアと共に早速本館へ向かった。

 その途中、庭に懐かしい顔を発見する。

「ロウじい? ロウじいじゃないっ!」

 “ロウじい”と呼ばれた者は、サラの声に気付いて振り返る。と、そこには自分に向かって猛突進してくる金髪の可愛い少女がいた。

 ────ドンッ

 サラはそのままの速度で目的人物に激突した。ぶつかられた方はたまったもんじゃないが……。

「これは……サラ嬢ではありませんか。無事機関からお帰りになられたのですな」

「ええ! こんなの余裕よ! ロウじい久しぶりっ」

 ロウじいことロウベルト=ヴァスカ卿はリュートニア一族の血を引く者で、言わば分家の家長。フロライン亡き後、ずっとヘルトを支えてきた頼もしい髭のおじさんだ。

「サラ嬢はいつも元気ですなぁ」

「元気は幸運を呼ぶもの。欠かしてはならないのよ、ロウじい」

「はははっ、全くお嬢には敵いませんな」

 ロウベルトは愉快そうに笑う。サラも気持ちを高ぶらせるが、ふとあの事を思い出す。

「ロウじい、アムリアって知ってる?」

「それは勿論、サラ嬢もお知りになられたか」

「ええ、たった今カナリアから……」

 ロウベルトは傍に立つカナリアを見た。カナリアはロウベルトを目が合うと、丁寧に一礼した。ロウの頭が僅かに頷き、事の次第を受け取った。

「実は私もその事で当主に呼ばれたところです」

 ロウベルトは付き人に視線を送り、先に行くよう促す。そうして本館玄関前にはロウとサラとカナリアの3人だけになった。

「アムリアが現れたと聞いた時は、さすがにこの私もたまげましたな。しかし不幸中の幸いか……ヘルト様の当主としてのお力も十分蓄えられ、アムリアを保護するだけの人材も揃っている。今ならそう問題はないだろう」

 ロウベルトの話を聞きながら、サラの頭はずっと同じ所を回っていた。兄は強く賢い、誰もが認める魔導士だ。ヘルトならどの軍に入っても重要地位を得られるだろう。それでも彼が軍に入らなかったのは、この時を待っていたから。

 そんな想いも知らず、サラは軍事機関に通って軍人への道をひたすらに歩んできた。だが真実を知っても尚軍人になろうとは思わない。サラはこれから先自分が行く道に迷っていた。

「ロウじい、私……どうすればいいの?」

「サラ嬢、貴方は何も心配することはない。リュートニアの事は当主に任せられよ」

「──っそれじゃ……意味ないのよっ!」

 サラは声を荒げた。ロウベルトに対しては決してなかった彼女の態度に、カナリアも戸惑っている。

「それじゃ……お兄様のお役に立ちたいという私の望みが叶わないの」

 小さく放たれた声は弱弱しく、先ほどまで元気にはしゃいでいた少女のものとは思えなかった。ロウベルトとは優しくサラの頭を撫でる。

「サラ嬢、考える事は沢山ありますが……今はヘルト様の元へ参りましょう」

 それを聞いたカナリアは、サラの背に触れ、そっと撫でる。二人の優しい気遣いに、サラは素直に従った。

 ロウベルト達は本館に入り、ヘルトの部屋へ向かった。その途中ですれ違った人間は皆頭を深く下げ、彼らに道を譲る。これは当然の態度で、本家の血を引くサラとその執事筆頭の娘カナリア、そして正当な貴族の家長ロウベルト。彼らの前に立てる者などこの屋敷にはいない。

 ──あの男以外には。

「おや、ロウベルトじゃないか」

 不意に声をかけられたロウは反射的に振り返る。その目に映った人物に驚きと喜びの声を出した。

「ヘルト様!」

 名を聞き、サラは頭を上げる。金の髪がさらりと滑り落ちた。

「カナリア、ご苦労だったね」

「いえ、その様な事」

 カナリアはすっと身を引き、廊下の壁に背を向けて頭を下げる。サラの目の前にいる人物は、誰よりも慕っている人。

「お兄様……」

 それ以上の言葉が出てこなかった。


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