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16話 騒動


「コウ様、先に湯浴みをお召しください」

 コウの事を案じてか、ダイスはそう告げた。確かにこのままでいるにはちょっと恥ずかしい格好だ。着替えは後で持っていくからと言われ、私は直接浴室に向かった。
 フレアンは一足先に天の間へ行った模様。だから、何で警備兵がここに入れるの? これはさっさとお風呂に入って、秘密を問いたださなきゃね。

 コウは宮殿の風呂に入るのは初めてだ。今までは自室の小さなシャワールームだけだった。脱衣所で服を脱ぎ捨て、広大な風呂に飛び込んだ。

 ザパンッ

「ぷはっ! きもちいい〜」

 何十人も入れそうな大浴場。これを一人で使うとなると、さすがに少し気が引ける。だが、こんなことは滅多にないので、遠慮なく泳いだ。
 絶え間なく流れ出る熱い湯。その流入口の装飾も見事なものだった。見上げると金銀の飾りがきらきらと揺らいでおり、湯煙でぼやけた感じがより一層美しい。

「ここだけで億はありそう」

 無駄な価値換算をしてしまった。ちゃぽんと顔を湯につける。湯気が心地よく、今すぐに眠れそうだった。

「フレアンさんと接近してしまった……」

 接近などという回りくどい言い方をしたのは、自分で言うのが恥ずかしかったから。抱き合った、とはまた違う感じだし。抱きしめられた、も何か状況が違う。
 あれは何の抱擁だったのか……。単に私が襲われてて不安気に見えたからか? 安心させるために抱きしめたのなら、彼のとった行動は大正解だ。あの時一瞬で不安が吹っ飛んでしまったのだから。

 けれど、それはとても悲しい。
 正しいけれど、悲しい。

 彼は優しい人だと思う。だから困ってる人がいたら迷わず助けるし、そういう所は尊敬する。
 ――だけど、他の人に対するものと同じ気持ちなら、それが一番悲しい事だ。もし本当にそうなら、そうだと判ってしまったら……。苦しくて、逃げ出せなくて、このまま一所に囚われて、私の感情は死んでしまうのだろう。

 こんなに人の心に敏感になったのは、初めてだ。少なくともこの世界で生きてきた中で、こんな感情はなかった。だから判らない。自分の心も判らないし、貴方の心も判らない。

 ――本当に……?

「わからない……けど、私は……」

 そっと瞼を閉じてみる。今でも鮮明に映る紅い瞳。恐いくらい綺麗な、深い真紅。彼はきっととても遠い人。
 どんなに手を伸ばしても届かないかもしれない。本当は出会えたことすら奇跡のような偶然なのかもしれない。
 けれど、偶然だろうと関係ない。永遠が望めないなら尚更、今を大切にしたい。

 今はそれだけでもいい……。

 今は……――。



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