15話 後夜
それはほんの一瞬だった。男の手がコウの肩を掴む瞬間……――
男の額に何かが走り、そして一気に血が噴き出した。
「うわあぁぁぁぁっっ!!」
男は額を押さえながらのた打ち回る。突然の事に、コウは唖然としていた。
今何が起こったのか。それすら判らないほどの速さだった。
コウの正面に立つ警備兵は、左手に剣を構えている。
剣先からは、額を切られた男の血液と思われる液体がポタポタと地面に落ちていた。
顔は逆光で良く見えず、どんな表情かは読み取れない。
けれど、彼の全身から激しい怒りを感じる。
「斬りやがった……こいつっ」
傍に居た仲間が激情に任せて警備兵に襲い掛かる。それを止めようとコウは手を差し出したが、間に合わなかった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
先ほどと同じような鈍い音と、悲鳴が夜空に響いた。鮮血に塗れた警備兵は、ゆっくりとその顔を上げる。
露わになった彼の表情に、その場に居た全員が一瞬にして凍った。
−血の眼−
彼の表情には生きたものの気配が全く感じ取れない。それは人形か何かのような……。
もういっそ、人形であってくれれば、まだ救われた。
フレアンは静かに息を漏らす。その呼吸一つ一つが周囲に毒を振りまく。
喉を鳴らして恐怖に耐える者達。だが、失禁しそうなほどの怯えに、立ち竦むしか出来ない。
彼は死者を哀れむかのような目で男共を見た。
コウを除く、その場の全ての生き物に、一瞬にして恐怖を植えつけられた者達は……
その恐怖に枯れた声で、静かに闇夜に声を放つ。
「鬼……だ……」
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