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5:二次試験09 守るって決めたから

 あくまでも否定的なクリスに、アモンは眉を下げて甘えた声を出す。
 それが余計にクリスを苛立たせたのか、やはりいつも通り、アモンは腹に拳を一発くらった。

 遠目に見ていた私は、未だ扉から目を離さないリナに声をかけた。
 くるりと振り返った彼女は、いつもの笑顔だった。

「本当に大丈夫なのですか? コウさん、ドラゴロスの炎を受けましたのに……」

「私は平気だよ。直接火に焼かれた訳じゃないし。早くリナも休んでおいで」

「コウさん……わかりましたわ。でも絶対無理はしないでくださいね!」

「はいはい……」

 最後まで人の心配をする所が彼女らしい。
 リナは部屋を出るとき、周りの人間に会釈をしていたが、そういうところは礼儀正しいと思う。

 そんな事を考えながら、私は眠気に身を任せていた。目が潰れそうになりながらも、虚ろな意識を保つ。

「……クリス」

 アモンは頃合を図り、クリスに目配りする。それに気付いた彼女は意味を汲み取り、直ぐに行動に移した。

「フレアン殿、我々は試験の調整や処理が残っている。貴方にこの場を任せてもいいか?」

「はい、仕事が残っているのでしょう? 構わず行ってください」

 さっさと出て行け、と言わんばかりの発言。言われた司祭二人は「このやろう」と思いながらも、今やるべき事が先決なので怒りを抑える。
 アモンは下級司祭達に今後の指令を出し、顔をこちらに向けた。

「悪いねコウ、くれぐれも歩き回ったりするんじゃないぞ」

「そうだぞコウ様、マリア殿の言う事をちゃんと聞くように!」

「わかってるってば!」

 まるで親か何かのように心配する二人を見て、思わず照れくさくなった。

 一連の出来事にマリアがくすくすと笑っている。
 この場が少し和んだ所で、二人の司祭は去っていった。

 二人を見送った後マリアが側にやって来て、きちんと休むようにと言った。

「コウ様、傷の手当ては済みましたが、試験でお疲れでしょう? もうお休みになって下さい」

「うん、そうするよ」

 自分でも分かる。体の中がいつも以上に睡眠を欲しているのだ。
 寝台に横たわると、マリアが水枕を額に乗せてくれた。

「ありがとう……きもちいい」

「微熱があるようですから……医務局で薬を貰ってきますね」

 そう言って、マリアは私の側を離れた。

 扉の閉まる音がして、ふう、と溜め息を吐いた。
 私の疲れ果てた様子に、フレアンが心配の目を向ける。

「そんなに心配しないで……少し疲れただけだよ」

 安心させたいけれど上手く笑えなくて、彼の眉間の皺は余計に濃くなった。

「君には毎回驚かされる」

 低く力強い声が耳に触り、大きなものに包まれている気がした。

「ごめんなさい。でも、守るって決めたから」

 最早迷いはなかった。
 ケインやリナに危害が及ぶ様なら、アムリアの力を行使すると。

「結局、君が倒れたら意味がない。彼らだって君を犠牲になどしたくないだろう」

「犠牲だなんて……私は自分の出来る限りを尽くしたいだけなの」

 フレアンのしかめっ面を見ると、つい落ち込んでしまう。きゅっと布端をつかむ手には血も通わず白く浮き出ていた。

「君を責めるつもりはない。ただ……」

 続く言葉を前に、フレアン自身も困惑していた。

 だが、今なら許されるかもしれない。
 本当の自分を知る者はここには居ない。だから今だけ……不安を吐き出しても咎められないだろう、と。

「失いたくはないんだ。手の届く所にいる者が、自分の前から消え去ってしまうことを、私はきっと恐れている。……情けない話だがな」

 言った後に後悔したのか、フレアンは気にするなという様に苦く笑った。
 その苦し気な表情が私の胸を鋭く刺し、段々と痛みが強くなる。

「情けなくなんか、ないよ」

 声が小さ過ぎて聞こえなかったかもしれない。
 不安になって彼を見ると、少し驚いた様に目を開いていた。
 視線を元に戻し、続ける。

「失いたくないよ、誰だって……大切なものはいつまでも在って欲しいもの。だから、守ることにも必死になる……」

 一緒懸命に走って、もがいて、逆らって……大事なものを守ってゆく。
 それがどんな歪な形をしていても、不格好に映っても。

「素敵なことだと、私は思うよ」

 今度こそ、上手に笑えた様な気がした。
 その証拠に、フレアンも優しい笑みをくれたから。

「もう寝るんだ、コウ。傷が完治した訳ではないのだから」

「うん……そうする……」

 静かに瞼を閉じて、天井から挿す蛍光を遮る。
 暗闇の世界は私を眠りへと誘い、深い底に落ちていく。

 すぅ、と寝息がして、フレアンは一度だけ名を呼んでみた。
 返事はなく、完全に寝てしまったことを確認してから、もう一度だけ呟いた。
 優しく、撫でる様に。

「ありがとう……コウ」

 運命に抗うことを
 否定しないでくれて──。

 コウの言葉は心に響き、いつまでも謳い続けた。



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