5:二次試験07 鳥
ちょうどその頃、本館1階で警備をしていたフレアンは気配を感じ取って表へ飛び出した。
会場は今までにないほど荒れていて、観客の悲鳴や何やらでもう大混乱状態だった。
フレアンはその場を他の人間に任せると、すぐさま会場へ向かった。
コウは依然として炎の中に閉じ込められたままだった。呼吸をするのもやっとだ。
「熱……息が、苦しい」
このままここにいる訳にはいかないし、そんな時間もない。この炎をどうすればいいものか。
「力奪えれば……弱まるかも」
コウは炎の中、ゆっくりと上体を起こす。右も左も強力な炎で囲まれてて。そんな時、どこからか風の流れを感じた。その方向を正確に読み取る。
「あ、上……少し薄いかな……」
それに気付くと、コウは思いついたように精神を集中させた。
大丈夫。きっと出来る。彼を、ドラゴロスを死なせずに、僅かな力だけを奪うのよ、大丈夫……。
そう言い聞かせ、不意に当たった胸元のシルバーリングを握った。それが少し肌に冷たくて、安堵した。すると一気に全身が浮く感覚に襲われ、そのまま両手をかざして力を奪う事に集中する。
少しずつ、少しずつ、微々たる変化だが炎の力が弱まっていく。
ドラゴロスの炎の周りでは、コウの名を叫び続けるリナとケインがいた。炎の中の様子は外からでは確認できない。いくら試験といっても、このままでは観客も危険だ。
「どけっ!」
突然勇ましい叫び声がした。リナ達がそちらを見ると、一人の司祭が試験官ともめていた。試験官は会場内への進入を拒否したが、クリスはそれを払いのけて舞台に上った。後から追いついたアモン教皇は試験官に命じ、この場の全権を譲り受けると、幾人かの司祭を連れて竜を囲む。
恐らく水の精霊の力で炎を消すのだろう。そこへフレアンも辿り着き、目の前の情景を見せられて血の気が引く思いだった。
司祭達を誘導しているアモンを見つけ、呼びかける。
「教皇!」
「! フレアン君、炎を消すから君は中の者の救助を」
フレアンの姿を見つけると、「彼女は任せた」という目を送る。フレアンは頷き、アモンは司祭達に魔法の発動準備を促した。
その一瞬。
炎の惨劇を生んだ竜は、自身の周りを司祭達に囲まれ、気が立っていた。だから自分の炎が弱まっていた事に気付けなかった。
竜が司祭に向かって威嚇したその時。
――ボッ。
炎から一筋の光が飛び出した。否、それは炎を纏った鳥。
疾風が目前を擦れ、ドラゴロスは無意識に目を閉じた。そして自分の炎が弱まったことに気付く。直ぐに獲物を確かめるが、囲っていたはず人間の姿が見えない。
では、今炎から飛び上がったものは?
ドラゴロスはその存在に気付くが、もう遅い。セーレン・ハイルに纏った炎は、飛び上がった時受けた風によりかき消され、しだいにその姿を露わした。
羽に付いた炎を消す事は難しかったので、コウはそのまま竜の視界を遮るように投げつけた。華奢な体を現し、片手にセーレン・ハイルのみを持って竜の頭上に着地した。
「コウ!」
リナが叫ぶ。ケインも驚いた顔を見せるが、瞬時に安堵の息を漏らした。
アモンはコウの姿を確認すると、司祭達に魔法発動の合図を送る。なお逃れようと暴れる竜に、コウはバランスを崩しそうになる。――が、踏みとどまり、竜の硬い皮膚に手をついた。
「頭は意外に柔らかい」
コウは手に力を込め、力を奪う体勢に入る。随分衰弱していた竜は、簡単に全身の強化が弱まった。
コウは「おとなしくしててね」と言って、頭部を十字に斬りつける。
「ギャァッ!!」
竜の叫びと共に発動された拘束魔法で、竜は一切身動きが取れない状態にされた。
コウは竜の動きが収まったところを見計らって、トンッと竜の体を蹴り、その反動で大きく飛び退く。
風の守護のおかげで落ちる速度はかなり和らげられ、ふわふわと浮くように降下していった。
コウは片足で着地しようとした。だが瞬間目眩がしたため、体を後方に傾ける。
――倒れる。
そう思った時、誰かの腕の暖かさを感じた。これはケインあたりに受け止められたのかと思い、顔を上げる。そこにいるのはケインではなく。不機嫌そうな顔をした青年だった。
「フレアンさん……」
「無茶をするな、コウ」
「……ん」
彼の声にはいつもの覇気が無かった。
拘束された竜はやがて意識を失い、司祭達に連れられて檻の中へと入っていった。周囲の人間はその姿を呆然と見つめる。観客の騒ぎも少々収まったようだ。
「コウー! 大丈夫かー!?」
「コウさんっ」
「リナ、ケイン……大丈夫みたい」
へらっと力なく笑うコウに、平気そうでは無いものの二人は安心した。
しかし自分で大丈夫と言ったはいいが、実際は自分の力で立つ余裕が無かった。仕方なくそのままフレアンに抱かれる。小さく息を切らしながら目の前の惨状を見ていた。
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