修行06
カルロの赤い血を見た私は、気が動転して何をしていいのか分からなかった。こんな時に冷静な判断など下せるわけがない。腕に掛かった金の糸が、紅く染まる。
「あ……手当て……止血しなくちゃ……!」
そう言ってカルロの腕を掴むが、直ぐに振り解かれた。一体カルロが何をしたいのか分からない。不安げな目を向けると、カルロの瞳もまた少し揺らいだ。動揺……したのだろうか。
『血の流れる部分を見てください』
「……え?」
『今損傷した部分を修復する為に私の精神力の一部が集まってきています。よく見て流れを掴んでください』
見ろって……そんな、直視できないほど赤く染まった傷口を……?
「や……めてよ……何やってるの? 正気……」
『以外に意識ははっきりしていますよ。貴女が傍にいるからでしょうか』
「そういう事を言ってるんじゃなくて! 何でこんなことを!」
目の前で容赦なく流れ出る大量の血を目にし気を失いそうだった。けれどそれも叶わない。――いっそ気絶でもしてくれたら楽なのに。
何かが勝手に体の中に入ってくる。それが何度も手放しそうな意識をよびもどしている。それは何なのか……
『ああ、そうです。その調子ですよ』
「な……何が?」
『判りませんか? あなたは今私の精神を奪っているのです。その証拠に、傷口から精神の塊が沢山溢れ出ている』
「うそっ! 私何もしてないっ!」
そんなことするはずがない。カルロの傷口から精神力を奪うなんて……。
「そんな……こと……」
でも……もしかしたら無意識のうちにやっているのかもしれない。
なんて恐ろしい力なんだろう。精霊の王−アムリア−
その存在は、一体何を示すのか。思考もままならぬほど全身が衰弱していくのが判った。
++++++++++
ほんの数分の事なのに、もう何時間もこうしているような気がした。生理的に流れる涙を止めることも出来ず、カルロの赤々と染まった傷口に雫が落ちる。
ただ何も言葉は発せず、小さく震えながら……カルロの傷口から流れ出る力を凝視し、その流れの法則を感じ取る。
辛い……。本当に……辛い。
たがそれは、コウの涙を目の前にしたカロも同じだった。
そんな悲惨な状態をただぐっと堪えて見ているルーン。こうまでしてやらなければならない事なのか? いずれ自然と出来るようになればそれでいいのではないだろうか。
後悔だけが頭を廻る。
「カルロ、ちょっと分かってきた……かも」
今にも消えそうな声で言葉をもらす。カルロはそれに少し安堵した。こんな事をして、拒絶されてもおかしくはない。だがコウの必死な様子を見て、この身を投げ出しても惜しくは無いと思えた。
「そうか、同じ事なんだ。力をあげるのも奪うのも……少し向きが違うだけなんだ」
『大体は掴めましたか?』
「うん。そっか……恐いことじゃないんだ」
『……?』
コウのその言葉にカルロ達は疑問をもつ。
――恐いこと。
コウは奪う事は悪い事だと、恐ろしい事だと感じていた。それがどうやら違う方向にも捉えられることに気付いたらしく、表情が先ほどより随分柔らかくなっていた。
「ね、カルロ。何でも悪いことばかりじゃないんだね」
そう言って、ふわりとした優しい笑顔をカルロに向ける。金の瞳が大きく揺れ、少し豊潤さを増した。
カルロは瞬きをすることも忘れ、目の前の愛しい少女を見つめていた。
「カルロ……ありがとう」
――瞬間。
眩しく照らす強い光が一気に放たれた。
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