2:力の加減09 言葉などなくとも
アモンが甘えた声を出す。リセイは「気持ち悪い」の一言。心折れたアモンだったが、慣れっこなので立ち直りも早い。
「さて、俺に言いたいことあるんだろ? リセイ」
アモンは少し真剣な顔をした。リセイもそれに合わせて表情を硬くする。傍にいたダイスも離れた場所にある椅子に腰掛け、二人の話を聞いていた。
リセイは紅茶を一口含み、静かに喉に通して溜め息を吐くと、目の前のアモンをじっと見た。
この男の考えていることが判らない。くえない奴だということは知っているが、今回のことは納得いかない。
「私に内緒で何故こんな事をした」
「こんな事……ね。内緒にしとかないと君は絶対反対するでしょ」
「当然だ。許すはずがない」
はっきり言い切ったリセイはカップを机に置き、後ろに深くもたれ掛かった。その一挙一動に威厳を漂わす彼は、本物の貴族だった。
どちらかと言うとアモンは堅苦しいことは嫌いだ。伝統やしがらみを面倒だと思う事がある。
だがリセイは違う。リセイは神軍の長の子として生れ落ちたその瞬間から、定められた運命を背負っていた。
アモンはそんなリセイを救いたかったのかもしれない。
子供の頃から仲の良かった二人。それが今は、司祭と軍人という正反対の立場にいる。
「お前はいつもそうだ。いつだって勝手に決めて。あの時と変わっていないな」
あの時。
その言葉はアモンの心をちくりと刺した。
「根に持つタイプなのね、リセイ君」
「真面目に答えろ」
余裕を見せたアモンも、こう責められては困ってしまう。何故こんなにリセイが真剣なのか。その理由をアモンは判っていた。
「何故、コウを本試験に出させたんだ」
苦しげに問うリセイを見て、アモンの心が騒ついた。だが意見を変えるつもりはない。これはリセイにとってもコウにとっても、必要な事だった。
「本試験は遊びではないんだ。死ぬ事だってある。そんなことをお前が知らない筈ないだろう」
「……」
「答えろよ、アモン」
リセイの顔が歪む。怒りと哀しみが混じった苦しげな表情を、アモンは直視できなかった。
彼はいつも損な役回りだ。
「お前がコウを守りたい気持ちは良く判ってる、だけどな……それだけじゃ駄目なんだ」
「……何?」
「あの子は弱く脆い。そんな子を放っとけないお前の世話好きは知っている。だが、本当に彼女のことを考えてやるなら、守るだけじゃ駄目なんだ」
アモンが珍しく真剣に話している。さらに心情をぴったり言い当てられて、リセイは出る言葉もない。
世話好き
その一言で片付けられる感情なのだろうか。今はまだ自分の気持ちがわからない。
コウは気は強くても、弱い所もある。そんな彼女があの「精霊の王」となると、更に心配になる。
忙しい最中でもコウを気にかけていたリセイだったが、どういった感情が特別なのかは明確ではなかった。
コウを想う心は果たして恋というものなのか。リセイ本人にも判らない。
「リセイ。お前のコウに対する気持ちは同情か?」
そう言われ、リセイは反発するようにアモンを睨んだ。そして、はっとする……。
何をこんなに剥きになっているのか……こんな事は初めてだ……
「同情などではない。私は……」
私は……コウを?
「まぁいいさ、とにかくお前がコウを気にかけてる以上俺も協力したい。だからこんな事をしたんだ。勝手に動いた事は悪かったよ」
「……アモン」
「いいか、リセイ。コウは普通の人間じゃないんだ。望まずとも彼女は精霊の王。それはコウに様々な悪を呼ぶ。だからこそ乗り越えなければならない試練というやつがあるんだ」
――試練。
その言葉でリセイは何かに気付いた。静かに席を立ち、大きな窓の外を覗く。
「コウなら本試験も乗り越えれる。そう言いたいのか?」
アモンからはリセイの表情が見えない。怒っているのかどうなのか……声に感情がこもっていなかったので、余計判り難い。
「そう……です」
「敬語はよせ」
リセイがクスリと笑った。それはアモンを安心させるのに充分なものだった。
「リセイ、判ってくれるか?」
「判るも何も、私はコウの為なら構わない」
「そっか……お前が柔軟な奴だって事を忘れてたぜ」
アモンもほっとしたように笑顔をみせた。リセイは窓から視線を外し、振り返って遠慮がちに笑う。
遠目から始終を見ていたダイスは、二人の深い絆を感じていた。
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