2:力の加減08
前に宮殿に行った時のことを思い出した。あの宮殿は精霊の王アムリアの為に造られた建物だと。そして、それを守るのがリュートニア一族。
ダイスさんはリュートニア当主の執事で、西国にいる当主の代わりに宮殿を守っている。
「まさかそんな人から招待状が来るとは」
『リュートニアの当主ですか。そろそろ動くとは思っていましたが』
横でルーンとカルロが真剣な顔をしていた。彼らが当主を知っていることは知らなかったが、知っていてもおかしくないと思ってしまった。彼らは他の精霊とは違うから。
カルロは色々世界を飛び回っていたと言うし、ルーンは古の神だ。二人に知らないことなんかないだろう。
「どうしよう、カルロ」
『行くべきでしょう、あなたは』
「そう」
また面倒なことがふって沸いたな。コウはそんなことを考えていた。
窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。今日は目覚めも最悪だったし、驚きの連続で疲労困憊状態だった。コウは疲れた体を癒すため、風呂に入ることにした。
そんな時、またも問題発生。
「ちょっと、何あたり前の様にそこにいるのよ、カルロ」
『……は?』
コウは寝台に座っているカルロを指差し、ギッと睨んだ。それにはカルロも後ずさる。
「しらばっくれるんじゃないわよ! あんた男でしょ! 私の着替え覗くつもりっ!?」
コウは一気にまくし立てた。朝から何かとストレスが溜まっていた所為もあってか、大声を出しただけで意外なほどスッキリした。言われた方は、コウの急変ぶりに困惑しているが。
『覗くって……今までは……』
「過去の事は言っても仕方ないわ……でもこれからは駄目! 早く出て行って!」
ここは部屋も風呂も狭い。脱衣所などあるわけない。コウはいつも着替え姿をカルロに見られていたことになる。
本当は張り倒したいほど怒っていたが、今更持ち出すのも恥ずかしかったので何も言わなかった。だがさすがにカルロの人型を見た後で、醜態をさらしたくはない。
「何よ見る気!?」
『見るも何も、別に何も感じな……』
「何か言った!?」
『……いや』
これ以上は身の危険を感じたらしく、カルロはそそくさと窓から飛んでいった。そのまま中庭へ行ったらしい。
コウはそれを見届けた後、服を脱いでシャワーを浴びに入った。
その壮絶なやり取りを黙って見ていたルーン。コウは男前な性格だと思っていたが、やはり年頃の女の子。恥じらいもあるんだなあ(失礼な)
コウの意外な一面を見れて、少し満足していた。
コウは風呂から上がると、窓をめいっぱい開けてカルロを呼んだ。奥の方から静かに姿を現したカルロ。部屋を追い出された事がショックだったのか、泣きそうな顔だった。
「全く……ほら、おいで?」
コウは優しく手を差し伸べる。初めは躊躇っていたカルロだったが、堪えきれなくなりコウの胸へすっ飛んでいった。
コウはくすくすと笑いながら窓を閉め、そっとカルロを離す。
「さ、もう寝よう。カルロ、ルーン、おやすみ」
一人と二匹は仲良く並んで眠りについた。
===== 宮殿 =====
午前0時
皆が寝静まった頃、禁断とされている宮殿で数人の影が動く。
「こんばんわ、フレアン君」
にこにこ笑顔のアモンが大広間に入ってきた。明りはついておらず、数本のキャンドルのみだった。それが実に神聖な風貌を漂わす。
大広間のソファに腰掛けていた男が立ち上がった。その傍には中年の男性もいる。銀の髪が淡い炎に照らされ、様々に色を変えた。
「あ、なんだ……今はリセイの姿か」
「呼び出してすまないな、アモン」
「いやいや、ここに来てゆっくり話す時間もなかったしさ」
俺が悪いんだけどね、と苦笑いでリセイに近づく。横にいるダイスに軽く挨拶し、ソファに深く座った。それを見届け、リセイも元の位置に座る。
「こんなに長い時間をお前と過ごしたのは久しぶりだな、リセイ」
そう言われ、リセイは笑みをこぼす。ずいぶん穏やかな表情をするようになったもんだ。
アモンはダイスに手渡されたティーカップを手に、そんなことを思っていた。
初めて会った時は、冷たい目をしていたあの少年が、今はすっかり。
「どうかしたか?」
「いーや、昔のことを少しな」
「昔、か」
リセイは懐かしむように目を閉じた。
この二人は小さい頃からの幼馴染。腐れ縁だと本人達は言うが、誰が見ても親友のようだ。
政治を行うのは司祭の役目。アモンは最高司祭の一人であり、今は教皇の地位を与えられている。
軍事を行うのは聖軍・神軍の役目。リセイは神軍の長であり、軍総として多忙な毎日を送っている。
本来は司祭も軍も、互いに助け合って国を守らなければならないが、戦争の最中での裏切りが二つの間を裂いた。
以前起こった先代神軍軍総の失態により、現軍総であるリセイが何かと叩かれていた。それをいつも丸く収めるのはアモンだ。だが、司祭達の軍への不信感は消えることはなく、軍は孤立状態にあった。
影の役割を担う神軍にとって情報は最も大事なものだ。リセイにとって、自分の権威の幅が広い程やりやすい。
「お前のおかげで随分楽に仕事が出来る。感謝しているよ」
「まぁそのために底から這い上がってきたんだからな。もっと俺を労わってくれよぉ〜リセイっ」
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