2:力の加減05
あれだけ気を使って隠していたのに、女の勘は鋭いものだ。カルロはそう思ったが、少し違うかもしれない。
コウは記憶を失っている分、元の活発な性格を抑えて慎重に行動するよう心がけていた。誰にそう言われたわけではないのだが、自然とそうしていた。
そして、自分が本当に何も知らないことを自覚していたので、人の意見や行動には特に神経質になっていた。
『確かに彼とも何度か』
「どこで、とかは教えてくれないの?」
寂しそうなコウを前にして、否など言えるはずもない。カルロは困ったように手を口に当て、少し考えた。言うべきか、言わざるべきか。
カルロが迷うのは、フレアンが必死でコウに本性を隠していたからだ。彼の思いを考えるとそう簡単には言えないが、隠し通せる自信もない。
『……随分前のことですが、彼とは偶然フィナ町で知り合いました。丁度その頃彼にとって辛い別れがあった様です』
「辛い別れ?」
コウは複雑な顔をして聞き返す。どことなく、カルロの表情も苦しそうであった。
『その時の彼は酷く悲しんでいました。まだ十にも満たない幼子が、哀しみと憎しみ、そして己の無力さに嘆いていた。私にはそれが不思議でならなくて、つい姿を隠すことを忘れていました』
今でも不思議に思うのだと、カルロは小さな笑みを落とした。
「カルロはフレアンさんと仲良くなりたかったんだよ、きっと」
『仲良く……?』
当然いぶかしげに聞き返す金の男は、肩を滑り落ちる金髪を軽く払った。
「だって、フレアンさんに興味を持ったんでしょう?」
『まぁ、私にとっては久しぶりの感覚でしから。人と接するということは』
カルロは昔の事を思い出していた。
あの時リセイと出会って、人を拒絶していた心が少し解けていくような気がした。
その頃はまだ帝国と東国の戦争が激しくて、森は焼かれ、血で染まり、それは酷い状態だった。
樹の精霊であるカルロにとって、決して人間を許す事は出来なかった。
そんなカルロの心を変えた、不思議な出会い。偶然か必然か、カルロは彼に少しだけ心を許し、暫く傍に居た。
『私は争い続ける人間という存在が嫌いです』
それは今も変わらない。
『けれど、彼等の中にも深く人を愛する者がいるのだと、少しだけ気付けました』
「カルロ……それ、フレアンさんのことを言ってる?」
そうだといいな、と期待していた私に、カルロは笑顔で返してくれた。
『奢りや謙遜もなく、物怖じしない彼の姿はとても子供とは思えなかった』
「……子供の頃から変な人だったってことかな」
彼と出会った時の事を思い出していた。初対面なのに疑おうともせず、ただ黙って面倒をみてくれた。私が相当困っていると知ったからだろうか。
だが、それでも他の人とは明らかに違う雰囲気を彼はもっていた。
「フレアンさんは優しい。でもそれは、私には想像もつかない大変な事をを乗り越えてきたからなんだろうな」
気付くと、私は胸の辺りで強く両手を組んでいた。それはまるで祈りに似た、切ない心の現れだ。
出会った時からそうだった。彼は多くを語らず、静かな波のように感情を抑えていた。何を考えているのか分かりにくいと、初めはかなり警戒もした。
軍事機関へ連れて行くと言った時も、彼に対する不信感が決意を邪魔したのは確かだ。
それでも彼の手を取ったのは救われたい一心などではなく、奥に隠れた本当の彼に触れてみたかったからかもしれない。
だから私は、ここにいる。
それだけの存在で、会えなくても気にすることなどなかったけれど、なぜか今は、少しだけ彼に会いたいと思ってしまった。
コウの穏やかな表情がフレアンからくるものとわかり、カルロは面白くない顔をしていた。つまり、拗ねていた。
「カルロ?」
『いえ……それで、彼と何年か共に過ごした後』
カルロは突然黙った。みるみるうちにカルロの表情が強張っていく。
尋常ではない様子に、コウは急に不安になった。「カルロ?」と優しく声をかけてみたが、一向に話し始めない。
「ごめん、何か辛いことを思い出させたのね。ごめんなさい……カルロ」
コウは今にも泣き出しそうな顔をして、俯いた。それに気付いたカルロは慌ててコウの肩に触れる。
『あなたが謝る必要などありません。顔を上げてください』
カルロの声を聞いて、コウはゆっくり顔を上げる。少し目じりが赤くなっていた。涙は見えないが、コウの体全体から不安な気持ちが溢れ出ていた。
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