2:力の加減04 美しいひと
コウの表情があまりにも穏やかなので、カルロも言葉がみつからなかった。少し潤んだ瞳がカルロを魅了してしまう。ましてやその目は真っ直ぐカルロを見ている。彼の動悸の激しさは一目瞭然だ。
『コウ、あまり……その……』
「カルロすっごく綺麗よ」
男に綺麗は褒め言葉なのだろうか。悩む所だが、今はどうでもいい。純粋なコウの反応に、躊躇いがちだったカルロの気持ちは少し救われていた。
「カルロって人型になれるのね。知らなかった」
『カルディアロスは、人前では必ず動物の姿で現れるからな』
コウの後ろにいたルーンが、そう言ってカルロの前に立った。
『お前の人の姿など、何千年ぶりか』
『不本意だ』
そう言って、カルロはコウを睨んだ。慌てて立ち上がったコウだったが、それは更なる動揺を招いた。いつもいつも、コウはカルロを見下ろしていたから、今こうやってカルロを見上げている自分に慣れない。
初めてカルロに出会った時は狸か何かかと思った。まさか精霊だとは思わなかったし、結構強いのも意外だった。普通の精霊ではないような気はしていたが、まさか、カルロが人の姿になれて。加えてこんなにも綺麗だなんて。そんなの。
「聞いてない」
コウは高鳴る鼓動を必死で抑えながら、抵抗する。カルロはそんなコウを見て腕組みしたまま歩み寄る。
彼が着ているのは和服に似ているが、民族系の衣装で、明らかに普通ではない。カルロが歩くたび、さらさらと金の糸がちらついた。
「カルディアロスなんて名前知らない」
コウは目の前の圧倒的有利な位置に立つ者を凝視できずにいた。目を反らして、できるだけ離れて、身を縮めた。
『驚かせてしまいましたか』
カルロはいつもより少し優しい口調だった。それに僅かに安堵する。
「カルロって何者?」
純粋に興味があった。今までだって何度尋ねようと思ったか知れない。
「カルロは何者なの?」
言葉に詰まるのは、隠しておきたい事情があるからなのだろうか。
彼らが何も言わないのは、思いやりから来るものなのかもしれない。それでも知らなければならない。アムリアが、彼らの心を伝えられる唯一の人間であるならば。
『私が人型になれることを、決して口外しないように』
「わかった」
コウはベッドに腰掛け、カルロに隣に座るよう促した。
彼は無表情のまま目を泳がせていたが、逆らえないと思ったのか、静かに歩き出してコウの隣に座った。
膝の上に飛び乗ったルーンの頭を優しく撫で、目線を隣のカルロに向けた。
『私の知識は膨大なので一度には話しません。少しずつあなたにお話します』
「うん」
元の面影など少しも残っていないカルロの金の瞳が僅かに揺れた。表情が少し和らいだみたいだ。
『私は二千年程前から人型をやめて、ご存知の通り、狸の姿で生きてきました』
カルロは淡々と話を進める。コウは相槌をうちながらそれに応えた。
『リュートニア家に残された文献以外のものは、とっくに抹殺されているでしょう。カルディアロスという存在を隠すために』
カルロは優しく目を細めて、コウの顔を覗き込んだ。目の前の彼があまりに綺麗で、思わず距離をとる。
「そうなの? クリスさんは知ってるみたいだったけど……」
『軍事機関事務局長クリス……リーチェル、でしたね。確か』
過去を手繰り寄せるように、金の瞳が揺れた。
「うん、そうだと思うけど、カルロ詳しいんだね」
『ヤキモチですか』
「違うわよっ」
分かってます、とカルロは残念そうに溜息を吐いた。彼は視線を前に向け、何かを思い出すように語り始めた。
『私がここに来たのは数年前です。来てしばらくした頃、クリスはティレニアの司祭として軍事機関に赴任してきました。彼女は私を知っていたので、一度挨拶を。それきりです』
「クリスさんは昔からカルロのこと知ってたんだ」
『そうですね。私も色々と各地に赴いていましたから』
濁すような言い方をするということは、言いたくないんだろうか。手探りでカルロに質問する。
「それと、フレアンさんとも知り合い?」
『何故、そう』
「何故って、だって初対面に見えなかったもの」
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